ゴールデンウィーク、文京区本駒込の買取。【純銀】の【ボンボニエール】。

, ,

ゴールデンウィークの買取です。

暦は平日でも車の流れは全くのゴールデンウィークでした。
場所によっては人影が本当にまばらです。
人の姿が目につくのは、ATMの前あたり。

ゴールデンウィークとは縁が疎遠な私は相変わらずの物探しです。

「片づけたい物が有るのでお願いできますか?」
文京区本駒込のH様からのお電話で、私の車は、人影まばらな明治通りから白山通りへ。
案の定、巣鴨の地蔵通りは人であふれてました。
たぶん人出の多いであろう、六義園の脇を過ぎ、お目当ての、とても静かなH様宅へ。
お休みを利用して、実家のお荷物の整理に神奈川県からお見えとのこと。

純銀のボンボニエールの買取。

畳の上に出された古い贈答品の山の中から見つかったのが、このボンボニエールでした。
「こちらも要らないんですか?」

箱は有りませんでした。
銀特有の汚れが有りました。
有るところには有ってもおかしくありませんが、どこにでもある物ではありません。
目の前のH様が手にする物にしては、H様のお顔が少しお若すぎるような気がします。

純銀のボンボニエール

純銀のボンボニエール

「以前母が、お友達から頂いたものなんですが、私はいりません」
お母様が亡くなって、一年が過ぎたそうです。
ご苦労様です。

丁重にいただきました。
ほかに頂いたさまざまな物達のお値段を、これ一つで超えてました。

確か依然、何かの写真で目にした記憶が有ります。

探し当てると、雅子妃のご成婚の記念の御下賜品のおひとつでした。
鴛鴦に菊の紋章の純銀のボンボニエール。
その中の一つが、23年の歳月を経て、なぜか私の手に渡ってきました。

大切に次の方への橋渡しをさせて頂きます。

私のお店は、たまたま、23年前、雅子様のご成婚の日に開店いたしました。

ボンボニエールフランス語: Bonbonnière)は、もともと砂糖菓子(ボンボン菓子)を入れる容器を指す語[1]。「ボンボン入れ」[1]
ヨーロッパでは子供の誕生祝いや結婚祝いなど慶事に際して砂糖菓子が贈られることが多く[2]菓子を納めるボンボニエールにも記念品としての性格が生じた。日本では近代以降、宮中宴会の記念品(引出物)として配布される意匠を凝らした菓子器・工芸品がこの名で呼ばれる[3]

(ウィキぺディアより)

文京区小石川の遺品整理で、中国切手の買取

, ,

文京区小石川、播磨坂の近くで

丁度、1週間前の火曜日。
桜の咲き誇る頃、父上の遺品を整理したいと言うご依頼で、御見積りにお伺いした、文京区、小石川の播磨坂のお近くのA様。
今日の昼近く、お電話が有りました。お待ちしてました。 🙂
寂しくなった、桜並木を横目に、風の冷たい今日の午後、再び、お邪魔をさせていただきました。

中国切手の買取

前回、是非、譲ってほしいと申し入れた中国の切手が有りまして、ご家族でご相談の末、手放してもOKとの事で、本日頂く事になりました。

 

中国切手の買取

中国切手の買取

何枚かはご家族の手に渡ってしまったそうです。
一時の熱気が冷めたとはいえ、私たちの中でも結構欲しがる人の多いアイテムの一つです。

前回は確か、古い着物とか、二階の本棚から、かなりの書籍の整理のお手伝いをさせて頂きました。
前回申し上げておいたこちらの価格で、気持ちよくお譲り下さいました。
前回と同じような、爽やかな対応をして頂きまして誠に有難うございました。
かなりの枚数が有ります。今日は嬉しい買い物でした。

桜には可愛そうな今日の冷たい風でしたが、お蔭さまで私は、心地よく小石川の播磨坂を後にする事が出来ました。

先週の桜の一場面です。

IMG_3356

 

文京区小日向での遺品整理、【木の看板】の買取でした。

, , ,

文京区小日向の遺品整理

茗荷谷駅から下った文京区小日向の一角。

たまに訪れると、このあたりは道の狭さと、道路工事の多さで結構往生したりします。

やっとの事で、細い坂を登り切り、目の前の信号が赤から青へと変わるのに合わせて首をのばすと、そこはまさしく、春日通りから、播磨坂の桜並木に出られるあの信号でした。

今日、私の車には、木製の古い看板が乗ってるだけです。先程、小日向の今日のお客様、M様から頂いた古い看板です。

父上が亡くなられて遺品を整理した所、本棚の奥から出てきたとの事です。私はおびただしい数の、本の無い木製の本棚が気になりました。

案の定、本はすでに処分された後でした。物との出会いは全て縁のなすものと分かっていても、売却で頂いたという金額をお聞きすると、心が悲しくなります。寂しくなります。折れそうになります。其処に置かれていたであろう物達の姿が浮かべば浮かぶほどそうなります。
私が欲しがるジャンルがかなりあったような気がします。

古本、古書はお任せ下さい

古い本など、お持ちの方、是非、私を呼んで見て下さい。
お値段は間違いなく納得して頂ける自信が有ります。
いらない本の処分は誰にも負けません。

結果、今日、私が頂けたのは、この古い木の看板達でした。

これも私が好きなアイテムです。

津村順天堂の中将湯

津村順天堂の中将湯の看板でした。かなり古い物ですが、この薬が今でも売られている事に驚きました。

もう一つ頂いた看板の薬、安神湯、これも今でも売られてました。

安神湯の看板

安神湯の看板

おそらく100年くらい前の看板ではないかと思います。薬害とか副作用とかが声高く報じられる今でも頑張ってるこんな薬、私は使った事は有りませんが、感服です。

信号を左折すれば帰り道ですが、折からの春の気候に誘われた桜を眺める人たちの群れにひかれて、信号を直進し、3分も有り5分もある、久しぶりの播磨坂の桜を眺めて帰る事にしました。

3月の最後の日、暖かい日差しと、染まりゆく桜と、のどかな人波で、明日への力を頂いたような気分です。

中将湯とか、安神湯とか、結構お世話になった方々がいらっしゃるような、窓から見える、今日の人の波でした。

 

文京区大塚での買取、【茶道具】、【永楽善五郎の茶碗】。

, ,

「それは私が持って行くの。」
「これも持って行くの。」
私が手にした、鉄瓶や青磁の香炉。
「私は、貴方の欲しいのが、分かるのよ。」

来春、引っ越すので見て欲しい物が有るの、と呼ばれてお邪魔した、文京区大塚の4階建ての古いマンションの4階の一部屋での話です。

元気なお姉妹のお姉様のお言葉です。
妹様は、私は、何もいらないと仰ってます。
結局の所は、私に買えるものが有ったら買って欲しいと言いながら、私が、
これは?」と言うと悉く「残す。残す。」と仰るお姉様。
横で妹様の口が膨れてます。
父上が使っていたと言う古い欅の机の引き出しを開けながら「ここに、眼鏡とか万年筆とか、有りませんでしたか?」
「捨てちゃったわよね~」って
お二人で合唱です。

「他に何か棄てましたか?」
モンブランの万年筆とかかなりの数の銀杯なども棄ててしまった様です。
私はお二人の顔を見つめながら「アホと呼んでいいですか?。」
怪訝な顔で見つめ合いながらお笑いのお二人。
棄てて良いものと棄てては不味いものとかを説明しながら、やっと探し当て、頂いて来たのが、この善五郎のお茶碗でした。

永楽善五郎の茶碗

永楽善五郎の茶碗

こういう物には、余り、頓着が無く、すんなりと譲って下さいました。

他に、ヘネシー、ブランデーが何本か、お琴が2面、箱の無い掛軸が10本程、欅の卓袱台1台、等々を頂いてまいりました。
今年の締めの最後の買取としては、いささかさびしい思いですが、私に楽しく対応して下さった、文京区大塚の気さくなA姉妹様、私にお声を掛けて下さいまして有難う御座いました。
歳の終わりに4階までの階段を10回ほど往復させられ、冬の真ん中で、汗だらけになりながら、車の少ない静かな春日通りを後にしました。

今年は店の真近の生鮮市場にも人出が極端に少なく、本当に二日後に、正月が来るのか、なんとなく寂しいそんな今年の、暮の一日でした。

私には寂しい一年になりそうです、今年は。

文京区小石川での古美術品の買取。【香取秀真の獅狛】、【蒔絵の煙草入れ】。

, , , , ,

「これはねー、私の父がとても大切にしていた物なのよ。」

と言いながら仏壇の横で、半分ほど開かれた、押入れの上の段から、両手で重そうに出されて来たのが、この、獅子と狛犬の置物でした。

箱には「獅狛」の銘。昭和3年作の記。
裏には、秀真の名。

香取秀真の獅狛

香取秀真の獅狛

人間国宝の金工作家香取正彦の父、香取秀真の作品でした。
正彦の作品は度々出会いましたが、父の作品の方が珍しいかなと思います。

今日私を呼んで頂きました、文京区小石川の播磨坂のお近くの、とても古そうなお屋敷にお住まいの、80歳は越えられたでしょう、眼鏡の奥できらりと輝くまあるい眼が印象的な、和服姿のF様。

「何か私の息子が、以前、千代田区の方でお世話になったそうで、貴方を呼ぶように言って呉れたのよ。」

何とうれしいお言葉でしょう。

お値段の提示には大分悩みましたが、快く譲って頂くことになりました。

御気分が宜しかったのか、これもどうぞと頂きましたのが、この蒔絵の煙草入れでした。

蒔絵の煙草入れ

蒔絵の煙草入れ

普段使いで使われていたらしく、多少の痛みが見えますが、美しい物でした。

最近、中々この手の物に出会えなくて苦労しております。

本日は素敵な物をご手配して下さった、F様の、息子様、ありがとうございました。

文京区千石での、不用品処分でした。

, ,

文京区千石に有る、あるマンションの10階のベランダからはこんな感じでスカイツリーが眺められました。

このスカイツリーの見えるお部屋の、家具家財一式の整理処分をお願いされました。

嬉しいやら胸が熱くなるやら。

「私の叔母が、三枚のチラシを持っていて、この中から業者を選んで欲しいと言われて、その中から私が、貴方の所を選びました。」

姪御様のM様のお言葉でした。

事情は察して余りが有ります。

叔母さまと、姪御様に感謝しながら、この土曜と日曜、二日がかりで、一生懸命、作業をさせて頂きました。

不忍通りに面した交通の激しい所で、車の置き場所の工面でかなりの苦労が有りましたが、住民の方々、管理の方々の気持ちの良いご対応とご協力で、大きなトラブルも無く、無事に終了致しました。

私の見積もりでは、トラック3台の不用品のボリュームでしたが結局は、4台に余る量の処分となり、いつものように若いスタッフから、叱られたのが、唯一のトラブルでした。

整理前の様子

整理前の様子

整理後の様子

整理後の様子

整理前の様子

整理前の様子2

整理後の様子2

整理後の様子2

整理前の様子3

整理前の様子3

整理後の様子3

整理後の様子3

 

帰り際、回転寿司の食べ放題で何とか私の体面を守らせて頂きました。

あの場所からあのスカイツリーを眺める事はもう出来ないかも知れません。

当店のチラシを大事に取って置いて下さった、M様の叔母さま。

この度は私をお呼びいただき大変ありがとうございました。

是非再び健康になられて、あのスカイツリーを眺めて下さる事をお祈り致します。

新宿区四谷での、【香炉】、【古伊万里】の買取。

, ,

昨日の、文京区本駒込のG様は、18年でした。
本日、新宿区の四谷2丁目でお会いした、私と同年輩に見える男性のK様は25年だという事です。頭が下がります。
ともに御両親を介護なさってるお時間の事です。
K様は私と同じ、母上だけとの事でした。
私とK様、しばし目と目を合わせて、どちらからとも無く、「何年生まれですか?」
2年私よりお若いとわかったK様、頭の先から、つま先まで、びっしりと詰まってました。
人生の重さと、時間の流れと、意地と自信と、それなりの疲れと。
こめかみの白さが何と無く私と似てます。然し、私よりはるかにたくましく見えました。
暫し、お互いの介護談義。
生きるも助けるも大変な世の中で認識の一致。
そんなK様のご依頼は、地下室に有る古い物を見て欲しいとの事でした。
私のチラシを目にして、何と無く整理をしたくなられたそうです。
階段を下りるとなんとなくひんやりとした地下室。

長い間物置で使われてたそうです。

裸電球に灯が灯りました。
時間がとまった世界に居た物たちが一斉に息を始めました。

古い火鉢、柱時計、花瓶、お椀、食器、座布団、日本人形などが、天井までぎっしりと積まれてました。
かわいそうな物がたくさん見えます。
幾ら眺めてもこれはと思われる物には出会えませんでした。残念ながら。

今日一日での整理は到底無理です。

取敢えず、今日、私に助けられたのが、写真の香炉とか、古伊万里の色絵の大鉢達でした。

この手の物達は、早く日の目を見せてあげねばなりません。

古伊万里の色絵大鉢

古伊万里の色絵大鉢

ややもすると、いつの日か、遠からず、世の中から忘れ去られるかもしれません。

古伊万里の色絵大鉢

古伊万里の色絵大鉢

今、日本の文化が、空気がそんな流れに変わってしまうような気がしてます。今日この頃。

 

文京区小石川での【中国家具】の買取

, ,

確か6月にも撮影しました。
その時は左肩の腱板断裂だと言われました。
今日は右肩の撮影です。この所、上がりが悪くなり、回すとゴキゴキ音が聞こえます。行きつけの整形外科医さんの進言です。
4か月ぶりに、池袋のホテルの地下に有る、MRI撮影専門の医療機関を訪ねました。
相変わらずの多くの患者様達。
老から若まで、男女を問わず。
待合の間、頭は勝手に、一日で訪れるであろう患者の数と、部屋のドア数を数え、一日の売上なんかを勝手に計算し、その結果に思わずのため息です。
いつものように20分足らずの撮影を終え、安くは無い料金を支払い、帰りの地下鉄へ。
店に戻ると、先だって、文京区の小石川で、買い取って来た中国の家具が売れてました。
こういう物が売れると、私は嬉しいんです。

中国家具の買取

中国家具の買取

すぐに配達してくれとのこと。
こういう時は何故か、肩の痛みを忘れます。
買って頂いた方は、良く当店をご利用の、豊島区長崎の、素敵な奥様、T様でした。
お譲り頂いた、小石川のS様も、素敵な父娘様でした。
日本のよき時代に、香港で購入され、今回、引っ越しで手放すことになりました。
ふくよかな父上と、上品なお嬢様の印象と、幾らでもいいよと仰った御両人の余裕。又それを買って下さった、T様。
MRIの丸い筒の中に居る間は、あのいつもの音を聞きながら、様々な思いが、頭をよぎります。
今日はS様とT様の御蔭で、頭の重さと、肩の痛みから暫し解放された思いです。
あっという間に10月も半ばを過ぎました。
MRIの結果を見ながら、今年の残り、頑張らせて頂きます。
T様、S様、有難うございました。

文京区小石川で、【銀製品の買取】、【銀杯の買取】でした。

, ,

「此の銀杯達はみんな旦那さんの物だったんですか?」
「そんな訳無いでしょっ!」
「兄貴が議員やってたり、後は親からもらったものよ。うちの旦那はね、こんな物もらえる身分じゃ無かったの。」
それにしても1件のお宅にしてはかなり多い銀杯の数でした。
旦那様のは2個だけであとは御兄弟、父上の物だそうです。
それにしても御奉公心の旺盛な御家柄とお見受けしました。
「着物と桐のタンスを見て欲しいんですけど」との御依頼で足を運んだ文京区小石川の立派なお宅。
お相手下さいましたのは、70代半ばでしょうか、とってもはきはきして気さくで、真っすぐな背筋が印象的な、素敵なな奥様でした。
ちょうど御庭では、庭師の方が敷石とか植木いじりの真っ最中。
奥様もそちらが忙しい御様子。
「私今忙しいので、そこのタンスと中身見といて!」
はいわかりましたと言って、私の目に留まったのが、タンスとか着物よりも箪笥の上に並べられた此の銀杯達でした。
タンスと着物は結局、整理のお手伝いをする事になり、銀杯だけの買取でした。
私達の買取方法は主にその重さです。
結局、ン万円で気持ち良く譲って頂きました。
御支払いをしながら奥様の口から「これっていつからかメッキになるんでしょう?」
「えっ!、良くご存じで。」
「最近、新聞で読んだのよ。」
「でも当面は、100歳記念の物って事らしいですよ。」
「だから、私なんかが100になってからやってくれればいいのに、すぐ始めるらしいじゃない?それで幾らの節約になるんだか知らないけれど。オリンピックなんか相当掛るんでしょっ!」
ごもっともです。
私らも買える品がこの世から一つ減るわけですから、さびしい限りです。
此の刻印に出会えると少し幸せなんです。

銀杯、純銀の刻印

銀杯、純銀の刻印

年間3億幾らの予算が半分くらいになるらしいんですが、なんとなくさびしい出来事です。

文京区千石での【茶道具の買取】、【錫の茶入れ】の買取。

, ,

ガトリンの格、貫禄と、サニブラウンの初々しさ。
スタートまでのアイドリングの間、かすかな夢を見させてくれました。

何事もスタートするまでは夢が広がります。
夢と現実のギャップ、ガトリンが、ボルトが教えてくれました。
結果に打ちひしがれては又、次の夢へ。
いいですねー。スポーツは。
夢と感動を与えてくれて。

私たちの仕事もたまには夢と感動に出会えます。
文京区千石のM様宅に、着物とか茶道具の買取りでお邪魔しました。
着物は桐の箪笥一棹分。買取りできないものも処分してほしいとのことで、半分ほどは買取りの難しい物達でしたが、一枚残らず頂くことになりました。
次に、押し入れの上半分ほどに並べられた茶道具の山。
ほとんどがお稽古用の風炉とか茶椀達。
その中で出会ったのがこの錫製の古い茶入れでした。

錫の茶入

錫の茶入

こう言う物との出会いは、夢を与えてくれます。
お値段もこれ一つで十分です。
気持ちよく譲っていただきました。
文京区のM様、有難うございます。
しばらくは夢が有ります。
夢が感動に変われば最高です。

北京から聞こえる、夢と感動、上海から聞こえる、現実と不安、しばらく観戦です。