不用品の整理中に出会った今右衛門・柿右衛門の皿|新宿区牛込神楽坂にて陶器の買取

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新目白通りを直進して、江戸川橋の交差点を右折、そのまま真っすぐ牛込天神町の交差点まで走り、小細い道をつたった古い木造の一軒家。

なんとなく、昭和の雰囲気が漂う庭を通り、インターフォンをプッシュ。
お出迎え頂いたのは、もしかすると私と同級生かなと思われる素敵な奥様でした。

「あの、失礼ですけどお生まれはいつ頃ですか?」

失礼も承知で勇気を出して尋ねてみました。

今回のお客様、新宿区牛込神楽坂にお住いのS様。昭和19年7月のお生まれだそうです。

私のカンだと、恐らくお一人暮らしのご様子とお見受けします。

年齢も73歳になり、なんとなく身の回りの整理を始めたいと言う事で、部屋の整理をして欲しいとの事。


古い本と半地下の倉庫の整理

10年前に亡くなられた5歳年上の旦那様が、所有されていた

  • 古典文学全集
  • バース著作集
  • 加藤周一著作集

など、その他にも本棚にびっしりと詰まった本の整理からのスタート。

この手の本は、正直私も、到底欲しいとは言えそうもない品物達ですが・・。
そのほか、半地下の倉庫も整理させて頂きました。

丁寧に正しく整理のお手伝いです。


今右衛門と柿右衛門との出会い

都内の最高気温が9℃という中、私の額に薄っすらと汗が滲み始めた頃、
奥様から「ついでにこれもお願いします。」との声が。

テーブルの上に目をやると見慣れた桐の箱が2つ。今右衛門と柿右衛門の箱書があります。数の多いシリーズなんですが、私の好きなアイテムの一つ。

今右衛門

今右衛門の銅箱

今右衛門の皿

柿右衛門

柿右衛門の銅箱

柿右衛門の皿

ちなみに陶器は日々の手入れやメンテナンスが不可欠なんですけど、どちらも汚れ、ヒビ、キズ、デザインの擦れ、欠けもほとんどなく良好な状態でした。

ついでに他の食器類もお願いと言われて、
ロイヤルコペンハーゲンやノリタケの皿やカップなどを頂く事に。


奮発して買取り

トントン拍子に話が進むとき、一番に思い浮かぶのが、お引き取りさせて頂いた後にやっぱり返してほしいなんてことがあるんです。

私も念押しで

「ホントにいいんですか?」

と何度か確認させて頂いたんですが

「もういいんです。それに早く終わらせたくて」

本の整理、そして倉庫の整理を気に入ってくれたご様子。

今回は私の中で大分奮発した形での買取金額になったんですが、奥様も最初は「いいのよ気持ちだけで」と控えめの様子だったんですが、半ば強引に受け取って頂きました。

帰りの車は、引き取った本や不用品の重量で車のフットワークが重いの感じながら千川へ。

2018年最初の新宿での買取回収でした。
S様、今回はお呼び下さり有難うございました。

買入れ本舗では、古い物、古美術品の買取をさせて頂きながら、皆様の身の回りの整理のお手伝いもしております。

淡路人形浄瑠璃との出会い|台東区浅草にて伝統工芸品の買取

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国際通りを西浅草3丁目の交差点で左に折れ、浅草観音堂裏方向へ直進し細い路地に入ると、随分と歴史を感じる古い一軒家が現れました。

入口の重そうな木戸をあけ、よくメンテナンスされた植栽、そして重厚感ある石畳を過ぎ玄関を開けると、その方は左手に杖を突きながら柔和な笑顔。

その旦那さま、恐らく、80歳は超えてらっしゃるかも知れません。
いや、90歳くらいかな。

とにかく笑顔が印象的で、年齢が分からない不思議な印象の方です。

ちょっと安心しました。

この手のお住いにいらっしゃる方は、結構こわもての方が多いんです。
張りつめていた緊張が若干緩みました。

私の悪い癖なんですけど、何故かお客様の年齢が気になるんです。

もしかすると、私自身の年齢がそのようなさせるのかもしれません。

その杖を持たれた男性の方の奥に立っておられる方が、私のホームぺージをご覧になって呼んで下さったG様かも知れません。


コンディションの悪い五月人形の査定

今回の私への依頼品は何体かの五月人形でした。

金太郎、桃太郎、兜や鎧・・。

しかし何せ古いもので、箱は壊れ、服は破れ、
付属品はかなり不足し、評価にはかなり難しい物でした。

今回は

 

「古い物が有るんですけど」

 

と言うお話でお伺いしましたが、この人形の状態では評価が厳しいとはっきり申し上げました。

先方様は、何とか私に処分をと言う申し出です。

実はわたし以外の業者も検討されていたようなんですが、前述したとおりホームページの雰囲気と、真面目そうな感じが伝わったそうで。

いやはや、どうしたものか。


淡路人形浄瑠璃の買取

淡路人形浄瑠璃のあたま

まあ、ダメ元で、いつものあのセリフを言いました。

 

「他に何か不用の物は有りませんか?」

 

あんまり使いたい言葉じゃないんですけど、
ここまで来たら手ぶらで帰るわけにはいきません。

この私の申し出に、案内された半地下の納戸の一番奥にひっそりと佇んでいたのがこの浄瑠璃人形でした。

出会った瞬間、その鋭く力がみなぎった眼が合いました。

「お待ち申し上げてましたぞ、旦那!」

そんな声がかすかに聞こえたような気がします(笑)

じっくり拝見させて頂くと、舞台用の文楽人形ではなく、観賞のためや展示用の人形です。

淡路浄瑠璃は、暗闇の中でも人形が見えやすように、頭が大きく、また肌質はツヤで光っているんですが、保管状態が良かったのかその質は落ちてなさそうです。

ちなみに文楽人形よりも一回り頭が大きんです。

また、共箱や、木札などの付属品がしっかりとついていて大分コンディションはよさそう。

そして、話はとんとん拍子に進みました。

ちょっとだけ奮発した部分はありましたけど、
このような保管状態であれば、まったく後悔はありません。


大きな五月人形などを丁寧に搬出

五月人形とこの文楽人形の積み込みの最中、助っ人で読んだ気の知れた仲間一人と、体にガタの来ている私と、二人でハアハア言いながら、彼を陽の目のあたる場所に連れ出す事が出来ました。

この文楽人形、今は、千川の倉庫に移動してゆっくりとくつろいでます。

心なしか私の所に来てからは、柔和になったような。

 

気のせいでしょうかね。

 

歴史ある文楽人形をこのような素晴らしい状態で合わせて下さいました浅草のG様、有難う御座いました。

戦前ドイツの旧紙幣「マルク」を引き取り|千代田区紀尾井町の古い解体前のビルにて

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車の混雑する、ちょっとドライバー泣かせの新宿通り。

少しイラつく気持ちを、沿道沿いの紅葉がかった並木が、はやる私の気持ちを落ち着かせてくれました。

今日は用あって新大久保から、四ツ谷を経由して千代田区の紀尾井町へ。
このルートは過去何度も走っている、いわばお決まりのコース。

それでも、紀尾井町までは予想より時間がかかってしまいました。年末特有の、道路工事が車の流れを悪くしてるようです。

早めに新大久保を出て正解でした。
お目当てのお客様宅にはお約束の時間ちょうどに到着。


解体前の古いビルにて不用品の回収

ホッと一息つき、お声を掛けて頂いたH様のお宅のインタフォンをプッシュ。

出迎えて下さったのは、少しやせ目の、メガネの似合うお父様でした。

玄関でちょっとお話を聞かせてもらったんですけど、なんでもお父様が所有されているビルの売却が決まり、建物の解体が始まるんだそうです。

その後、お父様がお出しくださった緑茶を飲み干し、
さっそく各お部屋を拝見させて頂きました。

恐らく、2時間半以上は物色したでしょうか。

残念ながら私の思っている物は何にも出て来ません、私が出会いたい物たちが。
期待していただけに、ちょっとモチベーションが下がり気味に(笑)


ドイツの旧紙幣「マルク」との出会い

仕方なしにお茶を頂きながら、昔趣味でやっていた乗馬の古いアルバムを拝見させて頂きました。乗馬で馬と共に走っている若かりしお父様の写真がほとんど。

その中で、とあるお札がフィルムに挟まってます。

ドイツの旧紙幣「マルク」でした。

マルク紙幣

最初は記念のつもりでとっておいたらしいんですが、途中忘れてそのままにされていたそうです。

ちなみに、ドイツマルクの硬貨と紙幣は2002年に市場から回収されていて、すでに流通はしていません。少なくともドイツに行けば、中央銀行でユーロに交換は出来ますが。

折り目のあるお札もあれば、ピン札も混じってます。

マルク紙幣

「これしか無いですよね?」

いくら探してもこれぐらいしかないだろうというお答え。

それでも、口コミを見てうちの事を選んで下さったお気持ちに応え、ありがたく頂戴することに。

今回のマルク紙幣は、使用されてたか、未使用かでかなり評価が変わってくる代物です。それでも気持ち高めの査定をさせてもらいました。

U様には、大変恐縮だったんですが

「なにか目ぼしい物に出会ったら連絡頂下さい」

と最後にお願いして。

 

帰りの新宿通り。

 

夕日が当たってか先ほど見た沿道の木が、さらに赤くなってました。
早いもので、師走が目の前に来てますね。

紀尾井町の、メガネの似合うU様、今日は有難う御座いました。

軍用の飛行時計との出会い|杉並区西永福のH様邸にて遺品の整理・片付け

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「今週の日曜日から解体が始まるので、今日・明日中に来れるなら」

 

丁度、倉庫内の整理中をしている真っ最中に連絡を昨日いただきました。
先週お邪魔したばかりの、杉並区西永福のH様。

お住いの売却が決まり、その際に不要になった家財一式の片付けをさせて頂いた案件。その際、亡くなった父上の遺品の整理・片付けも同時に行ってます。

その時は、お客様のご要望通りの片付けは終わったと記憶してますが・・。

更にお話を続ける奥様の話に耳を傾けます。

 

「やっぱり地下室と、床の間のタンスの中は自分じゃ整理できなくて」

 

地下室と床の間。
先日お邪魔した時にどうしても私が気になってた場所です。

「ええ、明日なら大丈夫ですよ」

たまたま、予定で入っていたお客様の案件が午前中の早い時間に変更なったので、午後の13:00頃ならという事で伺うことに。

 

そして、本日、杉並区の西永福へ向かいました。

 

チョット早目の到来を告げて、お声を掛けて頂いたH様のお宅のインタフォンをプッシュ。

「ごめんね、二度手間になっちゃって」

お出迎え頂いてすぐ、温かいお茶が私を待ってくれてました。
それと、今週遊びにいった浅草の芋羊羹も並んでます。

本来は、奥様がじっくり整理するはずの地下室と床の間だったらしんですが、急な用事が飛び込んできて、手につかなかったんだそう。

世間話も一通り落ち着き、さっそく作業に入らせて頂きました。

まずは地下室。

遺品の整理・片付け

片付けの作業をしつつ、目を光らせながら1時間以上物色しましたが、何にも出て来ません。私が連れて帰りたい物たちが。

そして、地下から1階の床の間へ向かいました。

今日はこんなに寒いのに、私のシャツは汗で肌に張り付いてます。

床の間は、押し入れなど収納スペースを主に片付けを行いました。作業中に奥様が

 

「この桐箪笥の中もいい?」

 

ええ、いいですよ、と私は答えましたが、この桐箪笥は以前お伺いしたときに気になってました。

桐箪笥

ひとつずつ引き出しを開けながら、お父様の想いでの品たちと戯れていると、何やら、時計らしきものを発見。

一瞬、アンティーク系の手巻き型のストップウォッチかと思いましたが・・。

飛行時計

飛行時計・6632・昭和17年1月・精工舎

精工舎の飛行時計

航空機、それもこの時代ですから軍用機、戦闘機等で空を飛ぶ時に使われた時計なんです。

航空計器タイプの飛行時計は、一般の時計と違って服部時計店などで一般販売はされず直接、軍に納入されてたはず。

 

奥様に伺うと、お父様はもと軍人だったそうです。

 

もう使う事もないから、そんな訳でこの時計をお譲り頂きました。

その後、お店に戻りこの時計をいじっていると

 

「チッ、チッ、チッ」

 

と時間を刻み始めました。終戦から70年くらいでしょうか。時空を超えて、再度動き始めた時計を片手に、不思議な感覚にすらなりました。

今も機能する飛行時計

こんな出会いもたまにはあります。

本日も杉並区西永福のH様、有難う御座いました。

真鍮製のサモワールと古い灰皿セットとの出会い|文京区本駒込でアンティーク品の買取

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本日お伺いしたB様は、
戦後間もなくにお生まれとの事でした。

今日はそのB様の娘さまからご依頼を受け、文京区本駒込に来てます。

秋の本駒込は、私の好きな街のひとつ。道路沿いの並木は、気温の低下とともに紅の様相に様変わりするでしょう。

 

娘さまは、お父様を介護なさってるとのことで、この時間(14:00)はB様が信頼しているデイサービスに行ってらっしゃるんだそうです。

その間に、私を呼んで下さりました。

 

なんとなく、介護をしている人間のみ知りえる、それなりの疲れを私なりに感じてます。

「私も母の面倒見てるんですけど、大変ですよねぇ」

そんな言葉が自然と出てきて、暫し、お互いの介護談義。

最近のお父様は、介護士との方とのおしゃべりの方が話が盛り上がるんだそうで。一瞬、仕事のことを忘れ話し込んでしまいました。

 

古い倉庫内で真鍮製のサモワールと古い灰皿セットとの出会い

そんなB様のご依頼は、敷地にある倉庫内の古い物を見て欲しいとの事。

今回は最近購入されたばかりのスマホでうちのつたないホームページをご覧くださって、
何と無く整理をしたくなったんだそうです。

重そうな木の扉を開けて中に入ると、この残暑とは似つかない、なんとなくひんやりとした倉庫内。

長い間、整理や片付けは行ってないと一目で解りました。

力なくぶら下がっている裸電球に灯を入れると、まるでご主人の帰りを待っていたかのように、あたりの「古いものたち」の存在感がグッと増し始めました。

時代の流れを感じる、古い柱時計、花瓶、食器、木製の家具などが、倉庫の奥までぎっしりと積まれてました。

保存の状況が思わしくなく、かわいそうな子達がたくさん見受けられました。

 

幾ら眺めてもこれはと思われる物には出会えませんでした。今日一日での整理は至難の業と判断しました。残念ながら。

取り急ぎ、今日私と共に豊島区に一緒に連れて帰ることになったのが、写真のサモワールと古い灰皿たち。

真鍮製のサモワール

いずれも真鍮(しんちゅう)製です。

真鍮製の灰皿セット

真鍮とは、いわゆる黄銅の事です。銅と亜鉛の合金になり亜鉛の比率が20%以上のものをいうんです。

このいでたちと、柄の感じ、出所はおそらく台湾か中国だと思います。

真鍮製の灰皿

柄

実はこのB様のルーツに中国・満州に関する時代があったんだと、娘さまがおっしゃってました。

あまり話したがらない様子なので、あまりその話には触れませんでしたが。

この手の物達は、早くのこの平成の世を見せてあげねば、そんな想いが私の査定を甘くしてしまったのか、後から後悔するレベルの買取になってしまいました(笑)

 

それはさて置き・・。

 

ITの登場により急速に進み続ける日本の文化、空気が「この子たち」の存在を受け入れなくなってしまうような気がしてなりません。

満州時代の銀製花瓶の引き取り|新宿区余丁町にて銀製品の買取

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「銀製の花瓶が有るんだけど」

うちのチラシを見た、女性お客様からの連絡でした。

ちょっと前にチラシの構成を少し変えたんで、その効果かなと「してやったり」の気持ち(笑)

こういうアイテムのお問い合わせの時は、私の愛車のアクセル踏み込みにも俄然力が入ります。
スピードを出しすぎないように、はやる気持ちを抑えつつ。

 

新宿区余丁町の古いご自宅での買取

場所は、新宿区余丁町。

たしか都営大江戸線「若松河田駅」付近だと記憶してます。

この辺りは、過去にも私の好むアイテムをゲットした場所でもあるので、自然と期待が高まります。

今回は、ご自宅の建て替えで、家の中の整理中の60代の奥様からのお電話でした。

非常にゆるやかなテンポでお話になられる奥様で、
昔付き合ってた友人になんとなく似ていて懐かしい気持ちになっちゃいました。

愛車のカーナビが示す付近に到着すると、軽く築40年以上は経過している思われる「昭和の雰囲気漂う」木造一戸建てのご自宅です。

気を引き締めていざ入口へ。

 

満州時代の純銀の花瓶との出会い

銀製花瓶の銅箱

既に玄関口に、お椀、お盆、お重、コーヒーカップ、グラスの入った箱が山積みになってました。

この手合い、相当の数が無いと、中々ご希望の金額を払えない場合が多いんです。

心の中で

「あらら、ちょっと思ってたよりも・・・」

少しネガティブな気持ちになりかけるも、気持ちを盛り返して、淡々と作業する私。

いわゆる「山」を全部片づけた後、部屋のひっそりと場所にあった押し入れから出てきた品が。

それがこの桐の箱に納められた、純銀の花瓶でした。

花瓶の正面の城はどこのものでしょうか。

満州時代の銀製花瓶

純銀

更に、花瓶を反転させると「康徳5年7月」という年号が記載されてます。

康徳時代の純銀花瓶

見た瞬間、私の鼓動が高鳴りました。

久々の感覚、そしてそれまでの作業で疲労していた疲れが吹っ飛びました。

この「康徳」とは旧満州国の元号で、帝政に移行した1934年3月1日から、満洲国が崩壊した1945年8月18日まで使用されてたんです。

「康徳5年」だと1938年頃でしょうか。日本でいう昭和13年か14年ごろ。

あの満州事変から7年くらい経過してます。

そんな日本と中国との武力紛争があった中で、このクオリティ。

目の前に等身大の鏡があったんですが、私の唇が緊張でカサカサになってます。

 

大奮発での買取

奥様にこの話をすると、

「私の祖父、実は満州時代、満州銀行の頭取だったんです」

とのこと。

「へえ、これはまた数奇な出会いです」と、私。

ちなみに、満州銀行は、国家資金の保管・管理、及び金融市場のコントロール、さらには満州国内の金融システムを統一してたらしいです。

なんで知ってるかって?
私の古い友人で詳しいやつがいたんです。

そんな訳で、先程のお椀達よりははるかに高価なお値段で買い取らせて頂きました。

しかもかなり奮発の買取で。

お支払いを済ませて、荷物を車に積み込むときに

「これ持って行って」

オロナミンCを両手で抱えながら奥様が小走りでこっちに向かってます。

それを見て私も笑顔。

 

夏の空から秋の様相に変わりつつある夕方を、オロナミンCを飲みながら走りました。
これから、店に帰って品物の整理が待ってます。

余丁町のS様、有難う御座いました。

倉庫整理中に出会った「小松均」の作品|中央区日本橋で木版画の買取

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日々のこなさなければいけない業務の数々。

なんとなく忙しかった私は、ちょっと気分の転換が必要だと感じてました。

ある脳科学者が

「場所と雰囲気を変えることにより、新しい発想が芽生え、すべての仕事にプラスの作用をもたらす」

そんなことを小耳にはさんだとことがあります。

 

中央区日本橋に倉庫の整理・片付け

中央区日本橋

気分を転換するには、いつもと違う街並みに身を置くのもしかり。今日のお客様からの出張依頼の場所は東京のど真ん中。

わたしの気分を盛り上げてくれるには、うってつけの場所です。

この町はすれ違う人も、そして車も気品を感じるというか。私が住んでる町とは、一味ちあう風情を感じるこの場所は、好きな街のひとつです。

お伺いしたのは、中央区日本橋。

自宅を売却されるにあたり、敷地内にある倉庫を整理して欲しいという依頼です。

 

倉庫内で小松均の作品との出会い

そして私は薄暗い倉庫の中で、まだ初秋の暑さの残る中、額に汗をつたわせつつ、一人、品物整理です。

そこで今日はこんな”大和撫子”との出会いがありました。

暗い倉庫内の、ずいぶん昔に組まれたと思われる木製の棚の上に額がひとつ。

小松均の版画です。

私の記憶が確かなら3年前の丁度今頃、小松均作の別の版画を新宿の神楽坂で出会った記憶が蘇りました。

あれから3年、久々の出会いでのちょっとした興奮により、さらに額からの汗が滴り、いったん倉庫から出て、少し大きめの深呼吸。

人が滅多に入らない暗い倉庫の奥のでじっと待ってたんですね。

初秋の澄んだ陽の目に出会うのを。

 

小松均の版画

この子も、この世に生まれ、かなりの年月が経ってると思います。

小松均と言えば、別名「仙境の画人」と言われるほどの人物。

京都近郊の大原に住み、大原の風景を題材にした作品を多数残してますが、最終的には「文部大臣賞」を受賞するなど数々の功績を残してます。

「写実を尽くして写実を捨てろ、しぜんを追求して自然を離れろ」

この思いを胸に、墨線による表現を模索し力強い独自の作風を確立していったのが特徴なんです。

小松により、命を吹き込まれたこの版画の女性は、久しぶりにこの世を見てどんな気持ちでしょう。

 

思い切った査定

倉庫の整理も終わり、依頼を頂いた奥様とお茶を飲みながら小休憩。それとなく、私が一番気になっていた版画の話をすると

「持って行って下さい。早めに色々な整理をなくちゃならないの」

売却が決まり、その後の解体などの予定が、間もなく迫ってるとのことでした。

私も大分奮発させて頂き、引き取らせて頂きましたが、後から「ちょっと頑張りすぎたかな」と少しだけ後悔。

しかし奥様は満面の笑み。

仕事を多くこなしてればこんなことは良くある、と自分を慰めて(笑)

 

良く晴れた夕空に、風で流れる大きな雲がひとつ。

そいうえば、8月の雲は遠目に積乱雲とわかる渦を巻いたような雲が多かったんですが。

もう終わるんですね、夏が。

四季の移り変わりが年々早く感じる今日このごろ。

日々の業務ですこしだけ刺激が欲しかった私は、この日本橋の1コマで普段の私に戻れた気がします。

 

木版画などの引き取りはお任せください

今回のような小松均などの作品はコレクターの中でも今も根強い人気を保っております。

買入れ本舗では、東京都内近郊での、著名な作者の作品の買取に力を入れております。

初秋に出会った「ヒロ・ヤマガタ」|杉並区南阿佐ヶ谷にてリトグラフの買取

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「この額に入っている立派な山は?」

広く、良く整理された玄関に掛けられた大きさ10号くらいの額に、晴天に彩られた雄大な山の写真に思わず目を奪われました。

「福島の会津磐梯山なんですよ」

遠い記憶の引き出しから、若いころ友人と一緒に登った記憶がフラッシュバックで蘇りました。あまり良い記憶でなく、足を引きずりながら登ったあの頃(笑)

「亡くなった主人の実家が、福島なんです」

 

杉並区南阿佐ヶ谷でのご依頼

杉並区南阿佐ヶ谷

今日は、9月に入ってすぐお電話を頂いた、南阿佐ヶ谷にお住いのS様宅にお邪魔しました。地下鉄丸ノ内線の「南阿佐ヶ谷駅」から程なくにある閑静な住宅地です。

恐らく築30年は過ぎているであろう立派な木造住宅。

庭にはお手入れが行き届いた植栽が、元気に葉を広げてました。
紅葉前の紅葉かなんかでしょうか。

私の好きなロケーションのひとつです。

随分と長く付き合っている我が愛車を停めて、ドアから降りると石垣の塀にトンボが2匹。
そういえば、ここ最近は夏の暑さから、秋の雰囲気に様変わりした気がします。

時間が経つのは早いものです。

 

インターフォン越しに奥様の声。

落ち着いた、それでいて愛嬌のある声に誘われて、ご自宅へご案内頂きました。

「どうぞお上がりになって。」

中は現代の叡智を駆使した、バリアフリーが行き届いてます。花柄のスリッパに替えると、テーブルの上には一杯の冷たい緑茶が私が待っててくれました。

有りがたい事です。

 

ヒロ・ヤマガタとの出会い

ヒロ・ヤマガタ

アンティークの箪笥は丁重にお断り致しました。着物はタンス一棹から、大島、単衣など、約10着ほど、頂きました。

そして、床の間には古い額に入ってある絵がふたつほど、ひっそりとこちらを見てました。亡くなった旦那さまが、まだ働き盛りのころ、美術好きの友人から購入して大切にしてた物だそうです。

「お父さんの趣味のものだったんだけど、特に場所も取らないんでそのままにしてたんです」

最近ではそんなに売れる物では無いと思ってたそうです。

然し、よく見るとひとつは「ヒロ・ヤマガタ」のリトグラフでした。

ヒロのシルクスクリーン技法を用いた、鮮やかな色で描かれた色合いの絵が、異国にでもいったかのような錯覚を覚えさせます。

日本ではこのような、カラフルな色使いの版画があまりにも有名なんですけど、世界のヒロヤマガタとしては、レーザーやホログラムを使った作品の方が評価が高いんです。

「この絵を見て、お父さんいろんな場所に行きたがってたんです」

旦那様は、生前、足が少し不自由だったそうでどこに行くにも制限があったとのこと。昔TBSかなんかで放送されてた「世界遺産」という番組や、その他旅行関連のテレビが好きだったんだそうです。

 

奮発して、私なりの高額査定

ちなみにこの「ヒロ・ヤマガタ」の作品、一時かなり高価で取引されました。誰でも欲しがりました。

値段によっては、この思い出の詰まった絵を手放しても良いというお話。

先ほど見た会津磐梯山の広大なカットを思いながら、私も目いっぱい、心を広く、奮発してみました。

帰り際の玄関前で奥様の柔和な笑顔、そして「ちょっと雰囲気の飲まれたかな(笑)」という私の心に一抹の不安。

何故か今日、ここで出会ったヒロ・ヤマガタは何を意味してるんでしょうか?もしかするとたまには仕事を休んで、思い切って旅行でも行ってみたら、なんておてんとさんが言ってるのかもしれません。

すぐにはいけなかもしれないので、今日は行きつけの銭湯でも行って富士山でも眺めて一息つこうと思います。

 

そんな初秋の1日でした。

コンタックス製のカメラとの思わぬ出会い|新宿区中井でカメラ・レンズの買取

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「はあ~、お若くお見受けします」

本日、昨年に新設された「山の日」にお伺いさせて頂いた、新宿区中井にお住いのJ様。

昭和23年のお生まれとのこと。
その肌ツヤは70歳とは思えないくらい、健康そのもの。

わたくしの直感で、恐らくご主人様お一人でお暮らしのご様子です。

 

新宿区中井で生前整理のご依頼

西武新宿線・中井駅

ここ数年で、身内の方、またご友人の方が天国に旅立つ姿を見て、そろそろご自身の身の回りの整理を始めたいと事で、この度お伺いさせて頂くことに。

いわゆる「生前整理」とでも言うんでしょうか。

今回は、ご主人さまの趣味として昔読まれていた古い本の整理をして欲しいというご相談です。

 

古い歴史書や小説など古本の整理からスタート

まずは2階の書斎にご案内頂くと、大分年期の感じる本棚に古い本がぎっしりと詰まっておりました。

好きで見ていたという小説から、カバーがかなり擦り切れている歴史叢書や宗教・哲学書までかなりのボリューム。

正直、私の期待していた古い絵葉書、古い映画パンフ、古い車のパンフレット、紙ものや刷り物はなさそうですが、汗をかきかき、正しく整理のお手伝いをさせて頂きました。

すると、「あんた、カメラも分かるのか?」

との掛け声が。

 

思わぬコンタックス製カメラとの出会い

コンタックス製カメラ

「ちょっと見てみるか」

そんな訳で、リビングにご案内頂くと、威厳の感じられる木製のテーブルの上にクラシカルなカメラが3台。拝見させて頂くと、見慣れたロゴが記載しております。

「CONTAX(コンタックス)」

「Gシリーズ」と言われているタイプを筆頭に「G1」「T2」「T3」と並んでました。
私の好きなアイテムの一つ。

コンタックスGシリーズは、たしか京セラが1994年に最初のモデルを発売したと記憶してます。

2005年まで販売されて交換レンズを主として周辺機器によりシステムを構成するので、ファンの間でも相変わらず根強い人気を誇ってます。

 

ピオゴン・ゾナーなどの付け替えレンズも

ピオゴン・ゾナーなどの付け替えレンズ

「ついでにこのレンズもあるんよ」

そして、カメラボディのその横にはしっかりとメンテナンスをされているであろうレンズが並んでおりました。

ご主人様は交換レンズとして

  • BIOGON(ビオゴン)
  • PLANAR(プラナー)
  • SONNAR(ゾナー)

を愛用されていたそうです。

ビオゴンは広角レンズになり、プラナー・ゾナーは集点レンズ。このレンズを使いこなして、ご主人の好きな自然の風景を何枚も撮影されたんだとか。

正直私も、これだけ綺麗な状態なものを引き取ってよいものかと思ってしまうくらいです。

 

古本の処分とカメラ・レンズをまとめて引き取り

「これ、いいんですか?」

「ええんよ。あんたカメラも詳しそうだし。あと早めに整理したいしさ」

古本の整理が余程気に入ったご様子で、今回はこのカメラとレンズも引き取らせて頂くことに。

私の買取金額も、必然的に奮発する形となりました。

一連の作業が終わった後、リビングでご丁寧にお茶を出して頂き、ご主人さまの写真の話を拝聴させて頂きました。

帰り支度を整え、玄関までお出迎え頂いたとき、真っ赤に染まった夕焼けが辺り一面を赤に染めてました。そんな紺碧の空を、ご主人が見つめていたのが印象的でした。

J様、この度は有難うございました。

買入れ本舗では、古い物、古美術品の買取をさせて頂きながら、皆様の身の回りの整理のお手伝いもして居ります。

文京区大塚の買取。13代柿右衛門の酒器セット

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文京区大塚の買取

「失礼ですけど、戦後ですよね?」

「そう。ギリギリねっ」

勇気を出して尋ねてみました。今日のお客様、文京区大塚にお住いのA様。恐らく、お一人暮らしのご様子。                                                                                                                                                                           昭和20年11月のお生まれだそうです。まさしくギリギリの戦後生まれの方でした。

そろそろ、身の回りの整理を始めたいと言う事で、本の整理をして欲しいとの事。                                   美術全集、土門拳の写真集、その他、女性の細腕には荷が重い、昔流行ったハードカバーがかなりの量。正直私も、到底欲しいとは言えそうもない品物達です。正しく整理のお手伝いです。

マンションの10階、女性一人ではかなりしんどい作業です。

私の額に薄っすらと汗が滲み始めた頃、「ついでにこれもお願いします。」

13代柿右衛門の買取

テーブルの上に目をやると見慣れた桐の箱が5つ、6つ。13代柿右衛門の箱書があります。数の多いシリーズですが、私の好きなアイテムです。

13代柿右衛門

13代柿右衛門

13代柿右衛門

13代柿右衛門

ついでに食器棚の中のもいいわよと言われて、オークラのカップソーサー、源右衛門の小鉢、バカラのロックグラスなどを頂く事になりました。

「頂いて行っちゃって、いいんですか?」

「もういいのよ。何となく。早めに整理しようと思って。」

重い本の整理が余程気に入ったご様子で、私の買取金額も、手でさえぎりながら、「そんなにいらないから」との事でした。

帰りの車、本の重さでタイヤが泣いてました。何と無く秋模様の今日の大塚の買取でした。文京区大塚のA様、有難うございました。

買入れ本舗では、古い物、古美術品の買取をさせて頂きながら、皆様の身の回りの整理のお手伝いもして居ります。                                                                                                                                                           どうぞお気軽にお電話下さい。➿0120-5394-55