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神奈川県葉山町、「リトグラフの買取」。「ピカソ」のリトグラフ

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今日は神奈川県の葉山町です。

神奈川県葉山町のT様ご姉妹、今日は、お呼びに預かり有難う御座いました。御蔭さまで久しぶりに、葉山から逗子への海風に当たる事が出来ました。
西池袋の入り口から中央環状線に吸い込まれ、羽田を横に見ながら横横道路を縦断の、距離は85キロ、時間にして1時間半のドライブも間もなく終わり、葉山の御用邸を右に見ながら、再び山の方にハンドルを切ると、長い歴史に刻まれたT様お住まいのお上品な建物に到着いたしました。
私は居心地の良いところには長居をしてしまうみたいです。
初めてお会いした、T様ご姉妹から、素晴らしい人生遍歴などを伺いながら、コーヒー等を頂きながら、本題の、お話へ。
お引越しのお手伝いをさせていただきながら、不用な物を買い取らせていただくお話です。
今日は取り敢えず、カシニョールのリトグラフと、ピカソのリトグラフを買い取らせて頂きました。

ピカソのリトグラフ

ピカソのリトグラフ

他の物達もなんとか話がまとまりそうで、次は、春の葉山にお邪魔させて頂けそうな、私には結構な出会いの一日でした。

「私、幾つか大体分かるでしょっ?」
コーヒーを頂きながら、お姉さまからのご質問です。
私より、年配であろう事は推測できますが、少なくとも女性の方に対して、軽々しく、自分の口からうっかりでも、数字を口に出すことは簡単ではありません。
横の妹様が、「私は今年、7●歳で、この人は私の5歳上なの。」
わたしも、大体そんな処ではないかと思ってましたが、私が驚いたのは、「私が、インターネットで貴方を見つけたのよ。」

頭の先から足元まで、知性と教養の下着の上に、経験と自信のドレスを纏ったような、何と無く、往年のスタイル、容姿の素晴らしさを、今でも十分に感じさせてくれそうな、お姉さまのお口からこぼれた言葉に、私は一瞬、驚いてしまいました。

星の数ほど…葉山の海の砂の数ほどある、インターネットの同業者の中から、わたしに辿り着いて下さった、お姉さまに、そして、呼んで下さった妹様に、感謝の、お礼の言葉が見つかりません。

モノとの出会い、ヒトとの出会いは、とても貴重な縁から始まると私は思って居ります。

朝向かう時、ナビの情報を見ながら、ハンドルがいくらか重く感じられました。

帰り道。葉山から逗子への、土曜の午後ののどかな、春を待つ海岸。
渚橋の近くで心地よい海風にあたり、今日は葉山の海で、目に見えぬ大きなパワーを頂いて帰る事が出来ました。
素敵なご姉妹、T様。
またお会いできると思って居ります。
有難う御座いました。

 

台東区入谷での[石版画][リトグラフ]の買取。[織田一磨]の石版画集。

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織田一磨の石版画集

丁度、100年前の上野広小路の街並みの様子に見とれていた時、背中越しに、「なんか、面白い絵だねー」と、どこかで聞いた事のある声。

例の北大塚の85歳のS様のお出ましでした。自転車で。
今日は偶々、品物の整理の日です。
先だって台東区谷中のS様から頂いた品物の一つ、織田一磨の石版画集の中に、面白い絵柄を見つけました。
丁度100年位前の東京と大阪の情景が描かれてました。

100年前の上野広小路

私が一枚の作品を指差して、「これは昔の上野広小路の様子!」
私の返答にS様も、珍しそうに懐かしそうに、眼鏡の奥の目を丸くして見入って下さいました。
100年前の上野広小路

100年前の上野広小路

「私は、絵は良く分からないけど、結構面白いねー」
40点の作品をめくると、今とはかなり様子の違う、東京、大阪の風景が現れました。
43年前に発行された作品集です。当時も多分、とても楽しい作品集だったのではと思います。
1917年の道頓堀

1917年の道頓堀

 大阪道頓堀の作品、私は行った事は無いと思いますが、好きな人に見せて上げたくなります。
100年の時代の流れを教えてくれる、とても楽しく美しい織田一磨の作品集でした。
何枚か一緒に目を通された85歳のS様も御満足のご様子。
最後に出た言葉は、何時もと一緒。
「何と無く、昔の方が良かったね〜」
私も頷くしかありません。
「ところで、其処の市場、辞めないみたいじゃない⁈」
そうなんです。
近くの生鮮市場、一時、廃業の方向が一転、継続に変わりました。
多くの利用者の方等の直訴で、方向転換になったようです。
小判鮫の様な私にも一先ずは良い知らせでした。
前回は、閉めると聞いて寂しそうに帰られたS様、今日はうちの店で、源右衛門の飯碗を買って下さり、帰り際の自転車姿に元気が見えました。
「今日は暖かくて助かるよ。また来るね〜」
お待ちしております。S様。
織田 一磨(おだ かずま、1882年明治15年)11月11日 - 1956年昭和31年)3月8日)は明治期から昭和期の芸術家、版画家
洋画を川村清雄石版画オットマン・スモリック金子政次郎学ぶ。「自画石版の織田一磨」として知られる。主な作品は東京国立近代美術館などに収められている。[Wikipedia]