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純銀製の三組御弁当箱の引き取り|文京区大塚にて銀製品の買取回収

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今日は雪の日の買取です。

恐らく午前中の10時くらいに、ぽつらぽつらと雪が舞い始め午後の14:00には風にも影響されて、横殴りの雪になってました。

その影響なんでしょうか、普段はスイスイと通り過ぎる明治通りは、
年末年始を思わせるくらい流れが悪かったです。

雪の影響か人影も本当にまばら。

人の姿が目につくのは、コンビニ駐車場あたり。

この寒空の、今シーズン一番厳しい寒さの中で、私は相変わらずの物探しです(笑)


文京区大塚のお客様からのご依頼

「あのね、片づけたい物が有るのでお願いできますか?」

文京区大塚のH様からのお電話を頂いたのが先週の金曜日。ちょうど大相撲の稀勢の里が寄り切られて休場になった一番のあと電話がなりました。

そんな訳で、私の車は人影まばらな明治通りから不忍通りを経由。

そして白鷺坂を過ぎ、ご依頼をくださったお目当ての、非常に閑静なH様宅へ。


不用品の片付けからスタート

「今日はよろしくお願い致します。これから雪が凄いみたいですね」

お出迎え頂いたのは50代とお見受けする男性の方。オールバックでちょいとお洒落なメガネをかけており、ダンディズムが溢れてます。

聞くと地方銀行の営業マンをされているんだとか。

どうりで洒落た雰囲気が出てると思いました。

なんでも有給休暇を利用して、お住いの千葉県船橋市から、こちら大塚の実家の整理をされているんだそうです。

そんな訳で、早速不用品の片付けのスタート。
まずは2階の和室からの整理・片付けです。

亡くなったお父様が、お医者様をされていたとのことで、かなり古い学術書など本の整理から作業を始めました。

 

そこから、2階の寝室へ。

 

使用感の見受けられる全身マッサージなど数点の家電を1階に下ろします。ほぼ氷点下に近い寒さの中で、額から季節外れの汗が吹き出しました。

どうしましょう、今日は変えのTシャツが無いんだよな、と心中でひとりぼやき。


純銀製の三組御弁当箱の買取

順調に作業も進み、1階の各部屋の整理に入ります。

ここまでの作業で、大分体力を消耗してましたが、
それに見合ったモノが見当たらず、普段よりも疲労感が出てました。

そんな中で、茶の間で畳の上に出された古い贈答品の山の中から見つかったのが、純銀の三組御弁当箱でした。

「あのう、これも要らないんですよね?」

立派な銅箱の中に、ひっそりと収められてました。

銅箱
多少ですが銀特有の汚れが有ります。

これはいわゆる酸化による「錆び」ではなく、「硫化」という現象です。ちなみに銀を酸化させるのは自然界では大変難しく、しかも黒くもなんです。

純銀製の三組御弁当箱

重さは合わせて約400gくらいでしょうか。

なかなかお目にかかれない代物なんで、どこにでもある物ではありません。

 

「これは以前亡くなった父が、何かの祝い事で頂いたものなんです」

 

医者という職業柄、様々な繋がりで贈答品を頂く機会が非常に多かったそうです。

亡くなって、6か月が過ぎたそうです。

このお弁当箱を見ると、仕事や会合やらで忙しかったお父様を思い出すんだとか。
そして、もうちょっと、色々としてあげたかったと・・。

そんな思い入れのある弁当箱、丁重にいただきました。ほかに頂いたさまざまな物達のお値段を、この弁当箱だけで超えてました。

このよなストーリーのある品を頂くと身が引き締まります。
しっかりと思い出の品、大切に扱わせて頂きます。


銀製品など買取りの強化中です

午前中の作業から15:00までかかった作業。
外を出ると、あたり一面が銀世界に変わってました。

帰りの明治通り。
ほとんど人が歩いてません。

「本日は早めのご帰宅をするよう推奨いたします」

ラジオから注意喚起する内容のコメントが頻発してます。
少しの焦りを感じつつ、運転は冷静に。

買入本舗では、今回のような銀製品の買取を強化しております。

年数が経過していると、劣化していて「値にならない」なんて思う方も多いと思いますが、状態によっては高価買取の事例も沢山あります。

お気軽にご連絡下さい。

満州時代の銀製花瓶の引き取り|新宿区余丁町にて銀製品の買取

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「銀製の花瓶が有るんだけど」

うちのチラシを見た、女性お客様からの連絡でした。

ちょっと前にチラシの構成を少し変えたんで、その効果かなと「してやったり」の気持ち(笑)

こういうアイテムのお問い合わせの時は、私の愛車のアクセル踏み込みにも俄然力が入ります。
スピードを出しすぎないように、はやる気持ちを抑えつつ。

 

新宿区余丁町の古いご自宅での買取

場所は、新宿区余丁町。

たしか都営大江戸線「若松河田駅」付近だと記憶してます。

この辺りは、過去にも私の好むアイテムをゲットした場所でもあるので、自然と期待が高まります。

今回は、ご自宅の建て替えで、家の中の整理中の60代の奥様からのお電話でした。

非常にゆるやかなテンポでお話になられる奥様で、
昔付き合ってた友人になんとなく似ていて懐かしい気持ちになっちゃいました。

愛車のカーナビが示す付近に到着すると、軽く築40年以上は経過している思われる「昭和の雰囲気漂う」木造一戸建てのご自宅です。

気を引き締めていざ入口へ。

 

満州時代の純銀の花瓶との出会い

銀製花瓶の銅箱

既に玄関口に、お椀、お盆、お重、コーヒーカップ、グラスの入った箱が山積みになってました。

この手合い、相当の数が無いと、中々ご希望の金額を払えない場合が多いんです。

心の中で

「あらら、ちょっと思ってたよりも・・・」

少しネガティブな気持ちになりかけるも、気持ちを盛り返して、淡々と作業する私。

いわゆる「山」を全部片づけた後、部屋のひっそりと場所にあった押し入れから出てきた品が。

それがこの桐の箱に納められた、純銀の花瓶でした。

花瓶の正面の城はどこのものでしょうか。

満州時代の銀製花瓶

純銀

更に、花瓶を反転させると「康徳5年7月」という年号が記載されてます。

康徳時代の純銀花瓶

見た瞬間、私の鼓動が高鳴りました。

久々の感覚、そしてそれまでの作業で疲労していた疲れが吹っ飛びました。

この「康徳」とは旧満州国の元号で、帝政に移行した1934年3月1日から、満洲国が崩壊した1945年8月18日まで使用されてたんです。

「康徳5年」だと1938年頃でしょうか。日本でいう昭和13年か14年ごろ。

あの満州事変から7年くらい経過してます。

そんな日本と中国との武力紛争があった中で、このクオリティ。

目の前に等身大の鏡があったんですが、私の唇が緊張でカサカサになってます。

 

大奮発での買取

奥様にこの話をすると、

「私の祖父、実は満州時代、満州銀行の頭取だったんです」

とのこと。

「へえ、これはまた数奇な出会いです」と、私。

ちなみに、満州銀行は、国家資金の保管・管理、及び金融市場のコントロール、さらには満州国内の金融システムを統一してたらしいです。

なんで知ってるかって?
私の古い友人で詳しいやつがいたんです。

そんな訳で、先程のお椀達よりははるかに高価なお値段で買い取らせて頂きました。

しかもかなり奮発の買取で。

お支払いを済ませて、荷物を車に積み込むときに

「これ持って行って」

オロナミンCを両手で抱えながら奥様が小走りでこっちに向かってます。

それを見て私も笑顔。

 

夏の空から秋の様相に変わりつつある夕方を、オロナミンCを飲みながら走りました。
これから、店に帰って品物の整理が待ってます。

余丁町のS様、有難う御座いました。

東京港区、新橋で、【銀製品の買取】、【純銀の皿】の買取でした。

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東京港区新橋での買取

新橋駅の日比谷口。

雨にぬれた、黒いSLを左に見ながら少し進んだ公園の近くに目的の場所は有りました。
ちょこっと寄って見たい新旧の、大小の飲食店だらけの、昔から人の多い一角に有る古い3階建ての建物のお2階にそのお店は有りました。

「お店の中の什器とかを買って欲しい。」
と言う御依頼でお訪ねし、お会いしたのが本日の御依頼人、I様でした。

中に残された品物什器を見て、一瞬、びっくりしました。
大小のこけしが20体位。焼物の能書本が数十冊。他にはイタリア製のカップボード、マルニ風のサイドボードが一つ。他にもろもろ。
数坪の広さのお店で、こちらで暫く、和洋の骨董品、アンティ-ク品の販売をなさって来られたそうです。何時からかは詳しく分かりません。
殆ど同業の、先輩の方とお見受けしました。
恐らく家賃も場所柄お安くは無かったと思います。感心感服です。

店内の整理

とにかく私は御依頼を受ける事に。
詳しい事情は分かりませんが、他の所に移るにあたって、店内の品物を全て整理なさりたいとの事でした。

私の答えは簡単でした。
細い階段の、2階からの搬出で、最低2名の人員が必要な事、古い家具たちにはほとんど価値が無いことなどを説明し、間違い無く相応の費用がかかるであろうことを申し上げました。

銀製品の買取

I様も当然古物商の御経験のある方で、私の申し出に、首を縦に振りながら、先程のサイドボードの中から出されたのが、此の銀製品でした。

純銀の皿と、古い銀製品が少々です。

純銀の皿

純銀の皿

古い銀製品

古い銀製品

「これを以って、何とか、全て、イーブンと言う訳にはいかないかしら?」

相手の方も、この地にて長い間、所謂古い物達を売買して、生計を立てて来られた方。
物にかかる費用と、価値を良くご存じの方でした。
話し合いは、ほどなく、折り合う所で折り合いました。
銀製品だけは、本日の持ち帰りにOKを頂きました。

静かな新橋

最後に日程の打ち合わせを終え、街に出ると、土曜日の午後のせいなのか、春先の冷たい雨のせいなのか、かなり静かな、新橋の街の雰囲気です。コインパーキングにも空きが目立ちます。

以前のこの近辺、昼も夜も人であふれていたような気がします。
一昔前、イキツケノ味の良い焼鳥屋に良く足を運びました。

新しく進出してきた、名の通った飲食店の大きな看板、昔からしっかりと暖簾を守ってきた小さなお店。

激しい戦いの街で頑張って来られたI様、ご苦労様でした。

純銀のお皿、大切に頂きます。有難う御座いました。