さいたま市東浦和にて遺品整理に伴い不要になった剥製の買取

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さいたま市東浦和での遺品の整理

本日は遺品の整理の依頼で、埼玉県さいたま市東浦和にやって来ました。

私の今の仕事場は、殆どが埼玉県の戸田市ですが、ここに来てみると、戸田よりもさらなる長閑さに驚かされます。

先ずうれしいのは、東京の様に駐車違反の巡回が少ないことです。

私たちの仕事には嬉しい限りです。

その代り、のどかさに比例して、私が出あう品物もがっかりのケースが多くなります。

呼んで下さいました40代後半のご夫婦様。

築40年位の2階建ての建物ですが、中を覗くと、殆どの整理が終わってまして、残っているのはまさしく、昭和時代の箪笥たちでした。
令和に変わり、さらに価値が下がってしまいました。

剥製の買取

当方での扱い方を丁寧に説明、お二人に今後の方針を納得していただいて、お部屋を物色させて頂きました。

二階のお部屋の片隅でほこりにまみれて佇んでいたのがこのペンギンとアリゲーターの剥製でした。

ペンギンの剥製

ペンギンの剥製

是も現在、非常に需要の少なくなってしまった品物ですが、お二人の、どうしても連れて行ってほしいというお願いで、私の車に乗ることになりました。

一生懸命新しいご主人様を探すつもりです。

遺品整理なら実績豊富な買入れ本舗にお任せ下さい

買入れ本舗はどんな状況の遺品でも、積極的に買取整理を行っております。

大量から少量まで、どんなものでもご相談ください。一生懸命、対応させて頂きます。

お電話お待ち申し上げます。

電話番号は0120539455です。

埼玉県三郷市の買取。【東京オリンピック記念メダル】、【沖縄海洋博記念メダル】。

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中川と江戸川の間と言うよりは、中川に近い、中川沿いの、三郷市の古いおうち、出迎えて頂いたのは、85歳と仰る、所謂モンペ姿の、白髪丸顔,金縁眼鏡の、F様でした。
広いお庭の車庫には車が一台。銀色のカバーに包まれてました。

中央環状から常磐道に入る手前、三郷ジャンクションから一般道に下り、何時ものように三郷の街に入ります。

関東平野の真ん中で、東京の直前で、昔から、北からの寒風をまともに受け止めてくれる街。この時期にここを訪れるといつもそう思います。強い北風を感じます。

銀色の車カバーの横に車を止め、私は何時ものようにお尋ねします。

「お品物は何ですか?私を呼んで頂いて有難う御座います。どうして私を呼んで下さったんですか?」

F様が、紺色のモンペの裾で手を拭きながら答えてくれます。

「息子が飯田橋に居て、相談したら、貴方の電話番号を教えてくれたの。」

またまた有りがたいお言葉です。

出して頂いたのが、古い着物、欅の卓袱台、掛け時計。

残念ながら、着物は古すぎたり、卓袱台、時計は壊れていたりで評価はかなりしんどそうです。

「そう思って、これも出したのよ。」

モンペの後ろから小さな包み。

藍色の風呂敷を解くと中から現れたのが、東京オリンピックの、記念メダルと、沖縄海洋博の記念メダルでした。

東京オリンピック記念メダル

東京オリンピック記念メダル

沖縄海洋博記念メダル

沖縄海洋博記念メダル

たまたま、最近、金の価格が下がってます。

ご説明申しあげました。

「わかってるわよ。もうこんな物長く持ってる時代じゃないでしょっ!」

まさしくその通りです。

最近は全ての物の価値観が急激に変化中だと思います。

世界中のおお金持ちが、手元の物の処分を始めるとか。

今日の品物も、現在、私達が積極的に欲しがるものでは有りません。明日の価格の保証が有りません。

飯田橋の息子様に感謝しながら、今、買える価格を申し上げ、金縁の眼鏡の奥で喜んで下さるお顔を拝見しながら、荷物の積み込みです。

帰りは、戸ヶ崎の信号を超え東京に入り、水元公園を左に見ながら、大谷田の信号から環七を抜けての帰路でした。

帰りの環七、かなり混んでました。このアナログ感、嫌いでは有りません。

綾瀬の駅の近くで何と無く懐かしいエンジンの音。横を抜けてく一台の車。

多分初代のフェアレディZでした。ドライバーの顔を拝見しようと追いかけましたが、追いつけませんでした。

夕暮れの環七、真っ赤なテールランプが一瞬で闇に溶け込み、灰色の空に向かって、消えて行きました。

 

 

猛暑の中、さいたま市の【不用品処分】でした。

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こんな立派なお宅から、建物内の、不用品の処分の依頼を頂きました。
お母様が、せまいところに越されるそうです。
娘様からの御依頼でした。
娘様はアメリカにお住まいだそうです。
そんな方がなぜ当店に依頼されたのかは、詳しく分かりません。
この立派なお住まいは埼玉県、さいたま市に有りました。
私の店からは、かなりの距離でした。
お見積りに伺い、その時は、茶道具、掛軸、金のアクセサリー等を頂きました。
引っ越しで、室内の品物は全て整理されるとの事。
遠さと、暑さで、片付けの件は御遠慮させていただくつもりでした。
額から落ちる球の様な汗を手でぬぐいながらの2時間余り、買取の荷物を車に積み終わり、支払いを済ませた時、お母様の口から「片付けも、貴方にやって欲しいのよ」。
テーブルに出された冷たい麦茶。
一瞬、私の右手が行き場を失いました。
その時、お母様の口からのお言葉に負けて、結局は室内の物、全ての整理を請け負い、本日、終了致しました。

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さいたま市の不用品処分

とても暑い日でした。
埼玉はさらに熱く感じられました。
手伝ってもらった、うちのスタッフ、山ちゃん、エビちゃん、いっせん君、村田君、ご苦労様でした。汗だらけになっちゃって。
帰り際、17号沿いの銚子丸での寿司食べ放題で、我慢してもらいました。
80歳だと言われたお母様。
大変有難う御座いました。
も少し早くお会いできればと思われるような、とても知的で、可愛さの残る、素敵なお母様でした。
それにも増して、闊達な、52歳だとおっしゃる娘様、とても素敵な出会いでした。
この度は大変なご苦労をなされたと思います。
部屋に残された、沢山の今井美紀のCD、有りがたく頂きました。
最後に、有難うの言葉を聞いた時には、今日の暑さと、荷物の重さを全て忘れました。
さいたま市のS様、ありがとう御座いました。

埼玉県、朝霞市に有りました。銀の薬缶。

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今日は埼玉県の朝霞に来ています。
店の近所の不動産屋さんの、懇意にしている営業のYさんから、「余りいい物は無いと思うけど行ってみる?」と勧められたのが今日のお客様です。
朝霞の市役所の近くの、青い生垣の、庭が砂利引きの平屋の古いお宅でした。
旦那さんは80くらいの、小柄な方で、座敷の座イスに座ったままで、玄関に出られた奥様に事情をお話しすると、奥から持ってこられたのがこの銀の薬缶でした。
いずれお住まいをYさんに頼んで、整理する予定だそうです。これも、もう要らないとのことす。たぶん、囲炉裏に掛けられて、普段使いで、使われてたと思います。
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煤で変色し、純銀の刻印を探すのに苦労しました。
昔納屋だった所に古い本雑誌とかが山の様に有ったらしいですが、資源ごみですべて出されてしまったとの事でした。
この薬缶も近々、処分するところだったそうです。
着物が有りましたが、殆ど資源ごみの類です。
男物の大島の綺麗なところを5,6着探して、殆ど薬缶の分としてお代を差し上げると、こんなにもらえるの?と、ほほに両手をあて、大げさなくらい、喜んでくれました。
私も喜んで荷物を車に積み込み、雨の朝霞を後にしました。
Yさんと、朝霞のM様御夫婦、本日は有難う御座いました。