【東京都文京区目白台】不用品整理・片付けの最中に現れた時を奏でるオルゴールたち|空き家整理で出会ったリュージュとシンギングバードの記憶

, , , , , , ,

時代が静かに幕を下ろすとき

今年に入ってからでしょうか。
同世代の名だたる方々の訃報が、続くようになりました。

つい先日も、ジャンボ尾崎の訃報が流れましたね。

尾崎将司さん。
わたしと同い年です。

若い方はピンと来ないかもしれませんが、あの豪快なスイング、あの闘争心。

テレビ越しに「まだ負ける気はないぞ」と言わんばかりの姿を見て、同じ時代を生きてきた者として、どこか自分の背中を押されているような、そんな気持ちになったものです。

※Getty Images から有償でダウンロード

年を重ねると、人の引退や別れに、自然と自分を重ねるようになります。

-それは、人だけではありません。
物もまた、同じです。

空き家となったご夫妻の住まいから不用品片付け・整理のご依頼

今回のお話をいただいたのは、
東京都文京区目白台。

3年前に、90歳を過ぎたご夫妻が相次いで亡くなられ、その後、3年間手つかずのままになっていたお宅でした。

お子さんはいらっしゃらず、ご親族というよりは長年お世話をされていた関係者の方からのご依頼。

「家の中を、きちんと整理してあげたいんです」

電話口で、そう仰っていたのが印象的でした。

不用品整理の現場で出会った、古いオルゴールの発見|大量処分の中から残された価値ある品

家具、洋服、食器、書籍……
結果的には2トントラックで5台以上になりました。

「捨てる前に、一度見てもらえますか」

現場に入ると、いかにも“昔ながらの暮らし”がそのまま残っていました。

箪笥の引き出しを開けると、
きちんと畳まれた洋服。

食器棚には、来客用だったのでしょう、ほとんど使われていない器が並んでいます。

そんな整理作業の途中、関係者の一人が声をかけてきました。

「これ、念のため見てもらえますか」

埃をかぶった棚の奥。
箱に収められた、いくつかの古いオルゴール。

ゼンマイを巻いても、
動かないものも多い。

ですが――

その中に、かすかに音を奏でるものがありました。

リュージュとシンギングバードの価値|処分寸前だったオルゴールが持つ本当の評価

蓋を開け、そっと耳を近づけると、
鈴を転がすような、澄んだ音。

リュージュ社のオルゴールでした。

さらに、金色の鳥かごの中で、小鳥がさえずる――
シンギングバード。

動かないものもありましたが、動くものは、確かに“生きて”いました。

「ずっと、しまったままだったんでしょうね」

そう言うと、関係者の方が、
少し驚いたように仰いました。

「ご夫妻、音楽が好きだったみたいです」

その一言で、
すべてが腑に落ちました。

「処分するには、忍びないですね」

オルゴールは、
ただの装飾品ではありません。

特にリュージュやシンギングバードは、音を楽しむために生まれた工芸品です。

動かなくなっていても、修理を前提に探している方がいます。

今回のオルゴールたちは、
処分される運命だったかもしれない。

ですが、「これは、次の持ち主がいます」
そうお伝えしました。

整理費用と相殺という形で

ご相談の結果、オルゴール類はすべて、整理費用から相殺する形で引き取らせていただくことになりました。

金額の話よりも、「誰かがまた大切にしてくれるなら」

その一言が、何よりでした。

「音が鳴るものは、やっぱり嬉しいですね」

関係者の方が、そう微笑んだのがとても印象的でした。

物がつなぐ記憶と想い|オルゴール買取を通して感じた、遺品整理の本当の意味

人は亡くなっても、
その人が愛した物は、
記憶を抱えたまま、残ります。

オルゴールの音色は、当時の暮らしや、何気ない日常を、そっと呼び起こす力があります。

ジャンボ尾崎のスイングを見て、
若い頃を思い出すように。

一つの音色が、
人生の一場面を蘇らせることもある。

「物より思い出」よく聞く言葉ですが、わたしは、こう思います。

物があるから、思い出が残る。

今回お預かりしたオルゴールたちも、きっと、次の誰かの人生の中で、また静かに音を奏でることでしょう。

この度は、大切なお品を託していただき、誠にありがとうございました。

創業40年。
また一つ、忘れられない出会いとなりました。

【東京都板橋区高島平】不用品整理に伴うペルシャ絨毯の買取事例|UR住宅の明渡しで残されていたクム産シルク絨毯

, , , , , , ,

知人の弁護士からの、少し重たい相談

昼過ぎ、店に一本の電話が入りました。
相手は、長年付き合いのある弁護士さん。

「木村さん……正直に言いますが、“値の付く物は無い”案件かもしれません。」

こう前置きされる時ほど、
私は慎重になります。

「高島平のURで、明渡し前の整理です。荷物は残っています。ただ、骨董として買える物があるかどうか……。」

「構いません。一度、現場を見ましょうか。」

そう答えると、電話の向こうで、
少し安心した声が返ってきました。

板橋区高島平、生活の痕跡が残るUR住宅

環七を北へ走り、荒川を越え、
団地群が視界に広がると高島平です。

部屋に入ると、まず目に入るのは生活の跡。

食器棚、古いタンス、
使い込まれたテーブル、
畳まれた衣類の入った段ボール。

「ちゃんと暮らしていた部屋だな……。」

私は、思わず独り言を漏らしました。

物は“ある”けれど、“買えない”という現実

一つ一つ、目を通します。

食器は量産品。
家具は使用感が強い。
家電は年式が古い。

思い出は、たくさん詰まっている。けれど、市場価値として評価できる物は、正直、無い。

私は、弁護士さんに電話を入れました。

「先生、生活の物は揃っていますが……骨董として買える物は、見当たりません。」

受話器の向こうで、
小さく息を吐く音。

「やはり、そうですか……。」

そう言いながら、ふと、玄関脇に目をやると、壁際に丁寧に丸められた一枚の絨毯がありました。

私は、そこで足を止めます。

「……先生。一点だけ、絨毯があるんで見ていいですか。」

玄関脇で目に留まった一枚。広げた瞬間に分かるクム産シルク

絨毯を広げた瞬間、
私は、はっきり言いました。

「これは、クムですね。」

「クム……?」

「イランのクム産。しかもシルクです。」

電話口で、一瞬、沈黙。

「……そんな物が、残っていたんですね。」

派手さはありません。

しかし、文様は細かく、光を受けて、静かに表情を変える。

分かる人にしか、分からない仕事です。

なぜ、このペルシャ絨毯だけが残ったのか

房、縁、裏の結び。
一通り確認しながら、私は弁護士先生に言いました。

「先生、この絨毯が残った理由は、はっきりしています。」

「と、言いますと?」

「価値が分かりにくいからです。高価な物ほど、最後まで残ることがある。」

電話口で、「なるほど……」
という低い声。

整理費用と相殺する、現実的な判断

「金額は、どのくらい見られますか。」

慎重な問いかけ。
私は、現実的な数字を伝えました。

「整理費用の一部と相殺する形でならこのくらいが妥当でしょう。」

少し間があって、

「それで、お願いします。いやあ、正直助かります。」

派手な取引ではありません。

しかし、確実に、
一つの問題が解決した瞬間でした。

鑑定士として思うこと

私は、絨毯を丁寧に丸め直しながら、ふと、そんなことを思いました。

「思い出は、値段にはなりません。でも……長いこと一緒に過ごした物には、それなりの“役目”があったはず。」

この絨毯も、誰かの足元で、あるいは、部屋の片隅で、黙って暮らしを支えてきたのでしょう。

今日の一枚は、値段と気持ちのちょうど真ん中あたりに、静かに置かれているように見えました。

帰路の環七、少し肩の力が抜けて

高島平を後にし、いつものように環七の流れに戻ります。

夕方の渋滞。

赤いテールランプが、列になって伸びていました。

私はハンドルを握りながら、少しだけ、肩の力が抜けたのを感じます。

不用品整理の現場というのは、「捨てる・残す」よりも、「どう折り合いをつけるか」を考える場所なのかもしれません。

今日のクムの絨毯は、そんな折り合いのつけ方を、そっと教えてくれた気がしました。

まとめ|不用品整理の現場で、最後に残る「価値」

今回の板橋区高島平でのご依頼は、UR住宅の明渡しに伴う不用品整理という、決して珍しくない現場でした。

生活の荷物は残っているものの、市場価値として評価できる品はほとんどない。そうした中で、玄関脇に静かに残されていたイラン・クム産のシルクペルシャ絨毯。

不用品整理の現場では、
「価値の分かりやすい物」よりも、
「価値の分かりにくい物」が、最後まで残ることがあります。

思い出は値段にはなりません。

けれど、長い時間、暮らしの中で役目を果たしてきた品には、それぞれの“意味”があります。

私たちは、すべてを買い取ることはできません。しかし、買い取れる物については、その背景や事情も含めて、丁寧に向き合うことを大切にしています。

不用品整理・明渡し・相続など、「どう扱えばよいか分からない物」がありましたら、無理に処分する前に、一度ご相談ください。

最後に残った一つの品が、
思いがけず、次へつながる価値を持っていることもあります。

【東京都豊島区】陶磁器・焼物の出張買取事例|備前の宝瓶と人間国宝・井上萬二の酒器を丁寧に査定

, , , , , , ,

【東京都豊島区南長崎】年の瀬に託された器たち

―内装屋の親方から頼まれた、備前と人間国宝・井上萬二の酒器―

年の暮れも押し詰まった頃でした。

電話口の声で、私はすぐに誰だか分かりました。

「木村ちゃん、今年もお世話になります。ちょっと見てほしい物があってねぇ…」

長年付き合いのある、豊島区南長崎の内装屋の親方。

もうかれこれ二十年以上でしょうか。

現場で出た古い物、施主さんから譲られた品、そのたびに「これ、どうだい?」と声を掛けてくれる人です。

「年末でね、少し整理したいんだよ。大事にしてきた物だから、捨てるのは忍びなくてさ」

そう言われて、私はいつもの鞄を持ち、
南長崎へ向かいました。

数はあるけど値段がつけづらい陶磁器・焼物

現場というより、親方の倉庫の一角。

木箱がいくつも積まれ、その脇には使い込まれた焼物や酒器。

「若い頃から、仕事の合間に集めてきたんだ。現場の親方からもらったり、骨董市で見つけたりね」

そう言いながら、
一つ一つ箱を開けていきます。

備前の宝瓶、素朴な焼締の湯呑、名のない陶磁器。正直に言えば、数はあっても評価が難しい物が多いのが現状です。

「親方、これは正直、まとめての評価になりますねぇ」

「だろう? それでもいいんだ。年末の小遣いになれば御の字だよ」

こういう言葉が出る人は、
無理を言わないんです。

だからこちらも、出来る範囲で誠実に応えたくなる、
そんな人柄が長い付き合いに至る一番の要因です。

木箱の底から現れた“別格”の酒器

そんな中、一つの桐箱を開けた瞬間、私は思わず声を漏らしました。

「……ああ、これは」

「分かる?」

「ええ、井上萬二ですね」

白磁の冴え、薄造りの品格。
人間国宝・井上萬二 の酒器でした。

「若い頃、無理して買ったんだよ。いい物は、持ってるだけで背筋が伸びるだろ?」

親方は、少し照れたように笑います。

数が多く、評価が伸びにくい中で、
この一点だけは、はっきりと価値がありました。

「親方、これは頑張らせてください」

「そう言われると、頼んで良かったと思うよ」

値段よりも「ちゃんと見てもらえたか」

最終的には、備前の宝瓶、陶磁器類はまとめて評価。

そして井上萬二の酒器は、
きちんと単品で査定。

「全部でこの金額になります」

金額を告げると、親方はしばらく黙ってから言いました。

「十分だよ。ちゃんと見てくれた、それが一番だ」

私は何度もこういう場面に立ち会ってきましたが、結局のところ、お客様が求めているのは高価よりも、納得なのだと思います。

「これで年越しの酒が、少し旨くなるな」

「それは何よりです」

年の瀬に、物が次へ渡っていくということ

物というのは、不思議なもので、役目を終えると、次の持ち主を待つようになります。

長年大切にされてきた器たちも、またどこかで、誰かの手に渡っていくでしょう。

「また何かあったら、頼むよ」

「こちらこそ、いつでも」

南長崎の路地を歩きながら、私は今年もこの仕事を続けてこられたことに、静かに感謝していました。

鑑定士よりひと言

数が多く、値段がつきにくい物でも、中に“本物”が混じっていることは少なくありません。

処分を急ぐ前に、
一度、きちんと目を通させてください。

物の価値だけでなく、その人が過ごしてきた時間 も含めて、私は拝見しています。

【埼玉県比企郡鳩山町】ご実家の売却に伴う遺品整理で見つかった昭和の映画パンフレットを買取|お父様の思い出とともに

, , , , , ,

片付け作業中の“思わぬ発見”──押し入れ奥から現れた古い段ボール箱

「すみません木村さん、押し入れから変な箱が出てきたんですけど、これも見てもらえます?」

鳩山町の戸建てで片付け作業のお手伝いをしている最中のことでした。

築40年のご実家の売却が決まり、“まずは中の物をどうにかしたい”と、当店へ片付けをご依頼くださったお客様。

畳の部屋には仕分け途中の荷物が並び、押し入れの中段を動かしたタイミングで、奥から年季の入った段ボール箱がひょっこり顔を出しました。

押し入れ奥から現れた「紙の遺品」

箱を開けると、昭和映画のパンフレットがぎっしり。

ジェームス・ディーンの表紙、
東映・大映の館名入り冊子、
名画座の上映パンフ、
洋画のアート感ある配布物まで。

「父が映画ばっかり観てたんですよ。これ、全部父のです。」

奥様が手を止めて笑みをこぼされました。

押し入れというのは、
家の“記憶の倉庫”のような場所です。

こういう宝物が眠っていることは少なくありません。

一枚ずつ丁寧に確認していると、
「こんなの、買えるものなんですか?」と奥様。

「状態が良いですよ。劇場配布品は残りにくいので、こうして揃って出てくるのは珍しいんです。」

「父、キレイに物を扱う人で…。片付けてたらホント、色んな思い出が出てきちゃって。」

奥様の言葉には、
物よりも“時間”を思い出す温かさがありました。

丁寧に保管されたパンフレットに敬意を込めて“言い値で買取”

正直申し上げて、昭和の映画パンフレットは市場価格に幅があり、高騰しているものばかりではありません。

しかし、今回見つかったパンフレットは

  • 保存状態が非常に良い
  • 種類が豊富
  • 年代がしっかり揃っている

という三拍子そろった内容。

私は奥様に申し上げました。

「こちらは、お父上の丁寧なお扱いのおかげで価値が保たれています。今回は“言い値”で結構ですよ。」

「そんな……こちらが値段を決めていいんですか?」

「ええ、遺品整理の現場でのご縁も含めてのことです。」

奥様が恐る恐る提示された金額は控えめでしたが、
私はそのままの額で即決いたしました。

買取額を片付け費用から相殺

作業が終わる頃、奥様が仰いました。

「これ、買い取ってもらえるなんて思ってなかったので……片付けの費用、どうしましょう?」

「ちょうど良いところで、先ほどのパンフレットの買取額を今回の片付け費用から差し引かせていただきますよ。」

「えっ、そんなことまでしてもらえるんですか?」

「もちろんです。売却前の片付けは何かと物入りでしょうから。」

すると奥様は

「父の物が、片付け費用の足しになるなんて…ちょっとビックリ」

と笑顔を浮かべていました。

遺品が紡ぐ“時間”と“ご縁”

押し入れの段ボールから出てきたパンフレットは、単なる古い紙ではなく、お父様が映画館通いをしていた若き日の“足跡”そのものでした。

それらが次の持ち主へ受け継がれていく。
そして、ご家族の片付け費用の助けにもなる。

古物商として、本当にありがたい瞬間でございます。

片付けがつなぐ“思い出”と“新しい価値”──鳩山町での買取を終えて

ご実家の片付けというのは、物を減らすだけの作業ではなく、ご家族が歩んできた時間と静かに向き合う場面でもあります。

押し入れの奥に眠っていた映画パンフレットは、お父様が映画を楽しみにしていた頃の空気をそのまま閉じ込めていました。

今回、買取によって片付け費用のお役にも立てたこと、そして思い出の品が次の持ち主へと受け継がれていくお手伝いができたこと、これほど嬉しいことはございません。

鳩山町での片付けや遺品整理、買取のご相談は、
どうぞお気軽に大切な品々をお見せください。

丁寧に、そして誠実に対応させていただきます。

鳩山町O様、この度は温かいやり取りをありがとうございました。

【豊島区高田】50年前に購入したロレックス・デイトジャスト イエローゴールドを買取|懐かしいT様から腕時計買取のご依頼

, , , , , , ,

10年ぶりの再会 ― 懐かしいT様からの一本の電話

「まだお店やってるの?」

そんな懐かしい声から始まりました。

10年ほど前、豊島区で店を構えていた頃によく切手をお持ちくださった豊島区高田のT様からのご連絡でした。

「いやぁ…コロナでお店は閉めたんです」とお伝えすると、

「そうなの…じゃあ家まで来てくれる?」と依頼をいただき、訪問することに。

変わらぬ笑顔のT様 ― そして机の上の黄金色の時計

玄関を開けると、当時のままの柔らかい笑顔のT様。

「どこに聞いたらいいか分からなくてね。あんたしか思い浮かばなくてさ」

そう言いながら見せてくださったのが、机の上で静かに光る ロレックス デイトジャスト イエローゴールド。

「50年前に買ったんだけど…もういいかなと思って」

とT様。

黄金の輝き ― デイトジャスト イエローゴールドの存在感

フルーテッドベゼル、金無垢ケース、堂々たるプレジデント風ブレス。

写真で見せていただいたままの存在感。

私が手に取ると、

「そんな近づけて落とさないでよ」
とT様が笑う。

「大丈夫ですよ、40年やってますから」
と私も笑い返す。

この何気ないやりとりが、古くからのお客様との信頼関係の温かさを感じさせます。

金相場の高騰とロレックスの評価

「いくらになるか見当も付かなくてねぇ」

とT様。

最近は金相場が上昇し、さらにロレックスの金無垢モデルは世界的に需要が増加。

長年の経験と幅広い販売ルートを使って、
精一杯の査定額を提示しました。

「えっ…そんなになるの?」

驚きと喜びが入り混じったT様の表情。

当時の購入価格を大きく超える査定額でした。

「こんな値段で持ってってくれるなら文句ないよ。ありがとうね」

このひと言が、40年の商売を続けてきた私の励みになります。

帰り際の言葉に、胸が温かくなりました

靴を履きながら帰り支度をしていると、

T様がぽつり。

「また何かあったら頼むよ。あんたじゃなきゃダメなんだからさ」

商売冥利に尽きる言葉でした。

T様、本当にありがとうございます。

ロレックスは、次の持ち主へ丁寧に橋渡しさせていただきます。

まとめ|長いお付き合いこそ “宝物”

今回のT様の件は、“売るもの”以上に 人と人のつながりの温かさ を改めて感じる買取でした。

10年前に切手をお売りくださったお客様が、「困ったときに思い出してくれた」という事実。

買取という仕事の原点は、
やはり「信頼」と「ご縁」だと実感させられます。

ロレックスの査定額が上がっている今、同じようにお悩みの方は、ぜひ一度ご相談ください。

40年の経験を活かし、誠実に対応いたします。

【文京区本駒込】ビル売却に伴う片付け整理で発見された古い急須と茶道具を買取

, , , , , , ,

築50年の4階建ビルの地下室で“忘れられた道具たち”と再会

「ここに入るの、何年ぶりかしらねえ……」

本駒込の4階建ビルにお住まいの M様ご一家(80代のお母様・50代の息子様) が、少し照れくさそうに笑われました。

ビル売却に伴う残置物の片付け整理で私が伺った日のことです。

築50年。外観はしっかりしていますが、内部には“長い時間だけが積み重なった空気”が漂っていました。

息子様の案内で地下室へ。

重たい鉄扉を開けると、ひんやりした空気が流れ込みます。

ビルの地下室の片隅に、そっと置かれていた急須たち

埃をかぶった段ボール箱をそっと動かすと、

「おや、これは……急須ですな」

丸型・角型・無地・彫り入り。

そして、中国系と思われる朱泥の急須まで混ざっています。

お母様が
「それ、父が若い頃に集めていたの。もう使わないし捨てちゃおうかと思って」
と一言。

すかさず私は声を上げました。

「お母様、こちらは処分してしまうには惜しい品が混ざっていますよ」

息子様が驚いた様子で
「え、これって値段つくんですか?」
と聞かれます。

使い込まれた物でも、価値のある急須はあります

急須は傷やカケがあり、かなり使い込まれた状態。

しかし、私が一つひとつ手に取り、蓋の合い具合・胴の質感・土の荒さを確認しながらお伝えしました。

「このあたりは一般的ですが……こちらの朱泥急須、宜興(イーシン)系の可能性があります。作家物ではないかもしれませんが、土の質が良いですね。」

お母様は目を丸くされ、
「まあ、そんな物まで見てくれるなんてねえ」
と笑ってくださいました。

茶道具も混ざり、一部はしっかり評価

棚の奥からは茶碗・湯冷まし・煎茶碗も出てきました。

「これは京都の窯の物でしょう。状態が良ければお値段がつきます」

息子様は
「父さん、物持ちだけは良かったからな……」
と、少し懐かしそうに見つめています。

今回の買取

  • 中国系の朱泥急須(宜興系)
  • 古い煎茶道具数点
  • 使用感の強い国産急須数点(こちらはお気持ち程度)

処分予定だった急須の中に、数点ではありますが しっかり評価させていただける物 がありました。

お母様が「捨てなくて良かったわねぇ」と息子様に話され、息子様もホッとした様子。

少額ながら買取金額をお渡しすると、お母様の眼鏡がキラリと光り、

「あなたに見てもらって良かったわ」

と優しい声をかけてくださいました。

あとがき

ビルの売却や片付け整理では、価値のある物がひっそりと埋もれてしまうことがよくあります。

急須や茶道具は特に、

「汚れているから」「古いから」=価値がない

とは限りません。

今回の本駒込の現場でも、そんな“忘れられた道具たち”と再会することができました。

こちらこそ、貴重な品々をお任せいただきありがとうございました。

【東京都港区】遺品整理中に見つかった昭和の100円銀貨と外国紙幣を買取|六本木ヒルズの高層階で“記憶の価値”に出会う

, , , , , , ,

東京都港区での遺品整理中に発見|押入れから現れた昭和の100円銀貨と外国紙幣

「母の部屋を片付けていたら、いろんなものが出てきて……」

東京都港区六本木の高層マンション、
六本木ヒルズレジデンスの一室。

ご依頼主は、お母さまを亡くされたばかりのご夫婦でした。

私はいつも通り、遺品整理と仕分けのために現地を訪問。

家具や書籍、日用品などを丁寧に確認しながら作業を進めていると、押入れの奥からひとつの古い箱が出てきました。

「それは何でしょうか?」と奥さま。

箱を開けると、金属のかすかな音が響きました。

押入れの奥から現れた古い外国紙幣・外国硬貨や日本の硬貨

中には、ずっしりとした銀色の硬貨と、
色あせた外国紙幣の束。

イギリス、アメリカ、シンガポール、中国など、さまざまな国の通貨が混ざり合っていました。

そしてその中に、ひときわ輝きを放つ硬貨の山。

見覚えのある稲穂のデザインに思わず手が止まります。

「これは……昭和の100円銀貨ですね。」

昭和34年から41年まで発行された銀貨で、現在ではすっかり見かけなくなったもの。

ざっと数えてみると、
100枚を超える量がありました。

手に取ると、銀特有のひんやりとした重みが伝わります。

保存状態の良さが査定額を左右

「ただの古い100円かと思っていました」と驚く奥さま。

「いえ、当時の100円硬貨には銀が含まれていたんです。今は銀の相場が上がっていますから、状態によっては高価買取が可能です。」

保存状態も非常に良好。

酸化や変色がほとんどなく、輝きを保っていました。

そのまま銀の重量と相場をもとに査定を行い、金額をお伝えすると、奥さまは少し驚いた表情に。

「まだそんなに価値があるんですね。母は旅行好きで、いろんな国の通貨を集めていたんです。」

静かに笑顔を浮かべながら、
ご主人がそうお話しくださいました。

“思い出の価値”をつなぐ仕事

査定を終える頃には、窓の外にけやき坂のイルミネーションが灯り始めていました。

高層階から見下ろす街の明かりを眺めながら、私は静かに道具を片付けました。

「母が集めていたものが、こうして価値になるなんて思いもよりませんでした。」

奥さまのその言葉が、心に残りました。

遺品整理の現場では、お金としての価値よりも、思い出としての重みを感じる瞬間が多くあります。

長い年月を経ても、手にしたときの冷たさや輝きが、その人の暮らしや時代を語ってくれる -。

今回の銀貨もまさにその一つでした。“もの”を通して“記憶”を受け継ぐ、そんな仕事の尊さを改めて感じた一日でした。

鑑定後記

昭和の100円銀貨は、銀純度60%。

発行年が限られており、保存状態が良ければ1枚あたり数百円から千円以上の値がつくこともあります。

遺品整理の現場では、こうした「意外な資産」に出会うことも珍しくありません。

古い硬貨や外国紙幣を見つけた際は、どうか捨てずに一度ご相談ください。

“想い出の中に眠る価値”を、丁寧に見極めさせていただきます。

【埼玉県幸手市】ご実家売却に伴う家財整理と大型の冷蔵庫・置時計を買取|高価買取は少なくても片付け費用を大幅軽減

, , , , , ,

築30年のご実家売却に伴う片付けのご相談

幸手市内の住宅街に佇む、
青いカーテンが印象的な一軒家。

お住まいは築30年とのこと。

「うちの母が一人で暮らしていた実家を手放すことになり、家の中を整理している最中なんですが…。」

そんなご相談を長男にあたる息子様からご相談をいただいたのが先日のこと。

35歳になる息子様によると「自分たち兄弟でも頑張ってみたんですが、量が多くて…もう限界で。」とのことでした。

私からは「思い出の品が多いお宅ほど、大変なんですよ。大丈夫です。仕分けからすべてお任せください」とお伝えしました。

御年60歳を迎えられたというお母様も初めはご不安なご様子で、「こんなにたくさんあって、費用がどれくらいかかるのか心配で…」と声を落とされていました。

「状態の良い家具や家電が多いですし、リユースできる分を増やせばその分費用も抑えられますよ。」

するとお母様からは「まぁ、それはありがたい話ねぇ。」と小さな安心の笑顔がこぼれた瞬間でした。

丁寧な査定と再利用できる品の仕分け

当日は朝からスタッフ4名で作業開始。

3階建ての建物には家具、家電、布団、生活用品などが整然と残っており、ひとつひとつを丁寧に確認しながら仕分けを進めました。

家電品に関しては大型冷蔵庫や棚は年式が少し古い状態でしたが動作確認も問題なかったため、買取査定の対象に。

その中には大型の置時計もあり、息子様に「この時計は味がありますね。骨董的価値は高くありませんが、しっかりした作りです。」と買取できる旨をお伝えしました。

結果的に高価買取に繋がる品は少なかったものの、リサイクル・リユース可能な品を多く確保できたため、処分対象が大幅に減少し、結果として片付け全体の費用を抑えることができました。

お母様からは「こんなに安く済むとは思わなかったわ。もっと早くお願いすれば良かった。」との感想を頂きました。

息子様からも「正直、処分だけだともっとかかると思っていました。」とのお言葉を頂戴しました。

お二人の安堵の表情が印象的でした。

2tトラック4台分の搬出作業|すべてが片付き、新たな一歩へ

作業は丸一日がかり。

大型家具の搬出もありましたが、スタッフ全員で息を合わせ、安全第一で作業を進めました。

お昼過ぎには1階部分がすっきり片付き、夕方には床全体が見えるまでになりました。

お母様が冷たいお茶を出してくださり、「こんなに丁寧にやってくださるなんて…」と何度も感謝の言葉をいただきました。

夕方、最後の荷物を積み終え、空っぽになったリビングにお母様が立ち尽くされました。

お母様:「本当にきれいになっちゃったわねぇ。ここで家族が集まった日を思い出します。」

息子様:「ありがとう。本当に助かりました。」

「大切な思い出の場所、きっと新しい方に受け継がれていきますよ。」と私がお声がけすると、少し寂しそうに微笑むお母様に、私も思わず頭を下げました。

“片付ける”というより、“心を整理する”お手伝いをさせていただいたような一日だったと思います。

店主:木村よりひとこと

今回は高価な品こそ少なかったものの、「再利用できるものを活かし、処分費用を最小限に抑える」ことができた、良いお取引となりました。

私たちの仕事は「値段をつけること」だけでなく、お客様のご負担を軽くし、気持ちに区切りをつけるお手伝いでもあります。

幸手市のI様、
この度は本当にありがとうございました。

お母様の優しい笑顔と息子様の誠実な対応に、私たちも温かい気持ちで現場を後にしました。

【さいたま市大宮区】東大宮でのご実家売却に伴う不用品整理と昭和家電の買取|松下電気・ナショナル扇風機など

, , , , , ,

実家の売却前、50年分の思い出整理

「この家を解体する前に、両親の思い出をちゃんと整理してあげたくて…。」

そうお話しくださったのは、
目黒区自由が丘にお住まいのO様。

ご実家は築50年以上の木造住宅で、売却後には解体の予定とのことでした。

我々のつたないチラシをご覧になり、「なんだか昔の仕事ぶりを感じるお店ですね」とのお言葉を添えてお電話をいただいたのが始まりです。

お伺いした東大宮のご実家は、障子から柔らかな光が差し込む、まさに“昭和”の面影を残すお部屋。

押入れには布団や座布団が丁寧に重ねられ、棚の上には古い写真立て、そして奥にはナショナルの扇風機がひっそりと。

現場での会話と思い出

作業中、O様がふと懐かしそうに扇風機を見つめておっしゃいました。

「これ、夏になるといつも父が回してたんです。風の音がね、妙に心地よくて。」

私がそっと笑って、

「昔の扇風機は静かで、どこか優しい風でしたね。」

と答えると、O様も少し笑顔を見せてくださり、

「そうそう、あの頃はこの音で昼寝してたなぁ。」と目を細められました。

そんな会話を交わしながら、スタッフは慎重に一点ずつ仕分け。

「これも、あの時代を生きた道具なんだ」と心でつぶやきながら、埃を払う手にも自然と力が入りました。

査定内容|松下電気・ナショナル製品の昭和家電を中心に

今回、特に印象的だったのは松下電気やナショナル製の扇風機や照明器具。

昭和の家電はシンプルながらも造りがしっかりしており、今でもコレクターや古道具店からの需要があります。

「これ、まだ動くんですか?」とO様が尋ねられたので、

「少し整備すれば、きっとまた風を送ってくれますよ。」とお伝えすると、

「もし父が聞いたら喜びそうですね。」と、少し寂しげな笑みを浮かべていたのが印象的でした。

食器や絵画も一点ずつ査定し、
再販可能なものは丁寧にお引き取り。

その結果、買取金額を整理費用に充てることができ、最終的な片付け費用を抑えることができました。

片付け作業後のご感想

作業完了後、きれいになった和室を見渡したO様が、「父と母がいた頃の家みたいに、空気が軽くなりましたね。」とぽつり。

私は笑って「きっとお二人も、ようやく安心されたんだと思います。」とひとこと。

O様は老眼鏡の奥でうっすらと涙を浮かべながら、「お願いして本当に良かった。ここまで丁寧にしてくれるとは思わなかったです。」と頭を下げられました。

私たちスタッフも胸が熱くなり、
しばらく言葉が出ませんでした。

気づけば全員、「いやぁ…これじゃ泣けて仕事にならないね」なんて笑い合ってしまいました。

まとめ|“片付け”ではなく“心の整理”

今回のご依頼は、単なる不用品整理ではなく、
「ご家族の思い出をつなぐ作業」でした。

昭和の家電や食器ひとつひとつが、当時の暮らしと人の温かさを伝えてくれます。

スタッフの一人が最後にこう呟きました。

「なんだか片付けた後の静けさが、“ありがとう”って言ってるみたいですね。」

その言葉に、O様も静かにうなずかれていました。

O様、このたびは当店にご依頼いただき、誠にありがとうございました。

ご両親の思い出を大切に、これからもご家族の新しい時間が穏やかに続きますように。

【文京区本駒込】六義園近くのマンションにて空き家整理・不用品処分と買取|5年ぶりに開いた思い出の部屋

, , , , , , ,

「中を見るのもつらくて…」空き家になっていたご実家の片付け相談

「両親が亡くなってから、もう何年もそのままで……」

少し寂しげなお声でそう話されたのは、文京区本駒込にあるマンションにお住まいだったご両親の息子さん。

ご実家の売却を控え、残された家財を整理したいとのご相談です。

「中を見るのもつらくてね、気づいたら5年も経ってしまいました。」

そんなお言葉に、「ゆっくりで大丈夫ですよ。大切なものは一緒に見極めましょう」とお答えして、伺う日を決めました。

現地の様子と作業の流れ

そのマンションは六義園の木々を見下ろせる、
静かな住宅地の一角に佇んでました。

玄関を開けた瞬間、長く閉ざされていた空気がゆっくりと動き出すような感覚がありました。長年やっていると、このような”気配”を感じることがあるんです。

お部屋には、衣類・布団・小物・古い家電製品などがそのままの状態で残されており、スタッフ3名で一点ずつ仕分け作業を開始。

再利用できるものと廃棄物を丁寧に分けながら、搬出時も床や壁を傷つけないよう慎重に運び出していきます。

ちなみに電化製品はすべて年式が古く、
再販が難しいため残念ながら買取対象外。

しかしながら、「これまでの生活の名残をひとつひとつ片づける」ことに重きを置き、気持ちの整理も含めて丁寧に進めさせていただきました。

最終的には2トントラック2台で約5時間。

空になった部屋を見つめながら、
M様は少し肩の力が抜けたように微笑まれ、

「こんなに早く終わると思いませんでした。しかも、思いのほか安くて助かりました。」

「ありがとうございます。ちょっとでもご負担を減らせたならうれしいです。きっとご両親もお部屋が片付いてホッとされていると思いますよ。」

ゆっくりと、そしてじっくりと静かに部屋を見渡しながら「やっと気持ちの整理がつきました」とおっしゃいました。

再利用や買取が可能なものがあれば「きちんと査定」

今回のご依頼は不用品処分と片付けが中心でしたが、当店では、整理の途中で見つかったお品の中に再利用や買取が可能なものがあれば、その場で丁寧に査定いたします。

贈答品や日用品、雑貨類など、種類を問わず確認を行い、まだ使えるもの・価値のあるものはできる限り活かす方針です。

「これは捨てるしかないかな」と思われるお品でも、一度拝見させていただくことで、新たな価値が見つかることもあります。

片付けと査定を同時に進めることで、お客様のご負担を減らしながら、無駄のない整理を心がけております。

査定を終えて|「大切にしてくれる方へ渡るなら安心」と笑顔で

今回のご依頼では買取こそありませんでしたが、M様が片付けの最後に「両親の荷物を見てもらえてホッとしました」と微笑まれたのが印象的でした。

作業を終えてお部屋を確認いただいたあと、
玄関先で少し立ち話をしました。

「部屋の中が明るくなりましたね。やっとこの家と向き合えた気がします。」

「長い間そのままだった分、いろいろな思いが詰まっていたと思います。今日で一区切りですね。」

「いやぁ、本当に…。父と母もきっと喜んでいると思います。」

その言葉に込められた穏やかな気持ちが印象的で、
こちらまで胸が温かくなりました。

物の価値だけでなく、“気持ちの整理”の一助になれたことが、何よりの励みです。

品物を通じてご家族の記憶に触れるたび、
私もまた学ばせていただいてます。

このような不用品処分のご相談も承ります

  • ご実家や空き家に残された家具・家電・日用品
  • 長年しまったままの衣類や贈答品
  • 引っ越しや建て替えに伴う大量の不用品

今回のご依頼では処分が中心でしたが、当店ではこのような生活用品・家財道具の片付けや撤去も幅広く承っております。

「自分では手をつけられない量になってしまった」
「どこから片付けていいかわからない」

そんなお悩みの現場でも、スタッフが一点ずつ丁寧に仕分けを行い、再利用できるものはリユースへ、処分が必要なものは適切に搬出・廃棄いたします。

不用品の量や状態にかかわらず、お客様のご要望に合わせて最適な方法をご提案いたします。

どうぞ安心してご相談ください。

鑑定士のひとこと

長年住まわれた部屋を片付けることは、単なる“作業”ではなく、“人生の整理”でもあります。

今回の本駒込の現場では、M様のご両親の暮らしぶりや思い出が随所に感じられ、その一つひとつを大切に扱わせていただきました。

このたびはご依頼、誠にありがとうございました。

またどこかで、思い出のお手伝いができれば幸いです。