豊島区千早の不用品処分、完了です。

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築50年は経った、木造住宅の不用品処分、やっと終わりました。

今日は、これ以上暑くならないでと祈りながらの作業でした。

ご依頼されたA様も、これ程の鼠の糞が有ったとはご存知無かったと思います。

作業前

作業前

作業後

作業後

 

処分作業afterのお部屋をマジマジとご覧になり、厚い老眼鏡の奥の丸い瞳に、ご納得の笑みが見えた時には、内心ホッとしました。

「ここ迄キレイにして頂いて有難う。

貴方の所にお願いして正解でした。」

とお喜びのお声まで頂きまして、こちらとしましても、一安心です。

作業前

作業前

作業後

作業後

細い私道で通りから奥まってます。作業は少し手間取りました。

周りには多くの住宅が建ってますが、此処だけは、50年前の昭和が取り残された様な静けさがあります。

三日間、作業をさせて頂きました。

最初の見立ての通り、お宝には出会えませんでしたが、スタッフ一同、ヤッタ〜と言う満足感に出会えることが出来た、お店のすぐ近く、千早の不用品処分の作業でした。

打ち上げは、ひっそりと、焼き鳥屋で。

 

 

豊島区長崎で【大倉陶園】の買取。【オールド大倉】のプレート

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大倉陶園の瑠璃色プレート

多分、昭和の始めの頃の物だと思います。
当時の段ボール箱に納められていました。
箱に書かれた墨での説明、箱に貼られた、当時の大倉陶園のシール。

オールド大倉

オールド大倉の手書きの説明

シールの下の方、瑠璃の字は読めても、その後の二文字が分かりません。
どなたか読み方を教えて下さればと思います。
多分、分かる方が見れば、シールの内容から、いつ頃作られた物なのかも判断できると思います。

大倉陶園

大倉陶園のシール

食器の買取

「いらない食器が有るんですけど」

実際にお邪魔してみると、本当に不用になったと思われる、普段使いの急須、茶飲みやガラス皿の塊の横の畳の上に、古めいた段ボールの箱が控えめに置かれていました。
「これも要らないんですか?」
「えー、もし宜しければ」
開けると、裏に、OKURAの文字。
それもかなり古いタイプの。
金のシールも綺麗なままで。
所謂、オールド大倉のプレートが出てきました。
使われた形跡は有りません。昔の包装紙もそのままです。

オールド大倉

オールド大倉のマークとシール

お店の前で、私にお声を掛けて下さった、豊島区長崎のN様。
何と無く畳の上の食器たちを早く片付けたいご様子。
「このお皿には、何か連れの物は有りませんでしたか?」
「なぜかそれしか出て来ないのよ」

多分長い年月で、使われながら減って行き、運のよい此のプレートだけが生き残ったみたいです。

お値段にはあまり拘りの無さそうなN様。
私が、「私も要らない物が有るんですが、それも入れて、こんなもんで如何でしょうか?」
「えーっ、本当?」

初めからお代を頂けるとは思って居なかったN様の御様子。
思わぬお小遣いを手にされて本当に喜んで下さいました。

帰り際に、これも持って行ってと手渡されたレジ袋の中に缶ビールが5、6本。私の好きな、エビスでした。ごちそうさまです。

美しい瑠璃色に細い金筋の可愛い6枚のオールド大倉のプレート。
昭和の初めからひっそりと生きながらえて来たこんな品物が私は好きです。
可愛い果物をちょこっと載せてみたい、そんな、今日の昼過ぎ、豊島区の長崎で出会ったオールド大倉の瑠璃色のプレートでした。

丁度今、テレビの画面には、九州での強い地震の報道。
多分明日の朝には多くの被害が明らかになると思います。

見たかったニュースが一つも見れそうに有りません。今夜は。
ご無事をお祈りしながら、おやすみなさい。

文京区小石川の遺品整理で、中国切手の買取

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文京区小石川、播磨坂の近くで

丁度、1週間前の火曜日。
桜の咲き誇る頃、父上の遺品を整理したいと言うご依頼で、御見積りにお伺いした、文京区、小石川の播磨坂のお近くのA様。
今日の昼近く、お電話が有りました。お待ちしてました。 🙂
寂しくなった、桜並木を横目に、風の冷たい今日の午後、再び、お邪魔をさせていただきました。

中国切手の買取

前回、是非、譲ってほしいと申し入れた中国の切手が有りまして、ご家族でご相談の末、手放してもOKとの事で、本日頂く事になりました。

 

中国切手の買取

中国切手の買取

何枚かはご家族の手に渡ってしまったそうです。
一時の熱気が冷めたとはいえ、私たちの中でも結構欲しがる人の多いアイテムの一つです。

前回は確か、古い着物とか、二階の本棚から、かなりの書籍の整理のお手伝いをさせて頂きました。
前回申し上げておいたこちらの価格で、気持ちよくお譲り下さいました。
前回と同じような、爽やかな対応をして頂きまして誠に有難うございました。
かなりの枚数が有ります。今日は嬉しい買い物でした。

桜には可愛そうな今日の冷たい風でしたが、お蔭さまで私は、心地よく小石川の播磨坂を後にする事が出来ました。

先週の桜の一場面です。

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文京区小日向での遺品整理、【木の看板】の買取でした。

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文京区小日向の遺品整理

茗荷谷駅から下った文京区小日向の一角。

たまに訪れると、このあたりは道の狭さと、道路工事の多さで結構往生したりします。

やっとの事で、細い坂を登り切り、目の前の信号が赤から青へと変わるのに合わせて首をのばすと、そこはまさしく、春日通りから、播磨坂の桜並木に出られるあの信号でした。

今日、私の車には、木製の古い看板が乗ってるだけです。先程、小日向の今日のお客様、M様から頂いた古い看板です。

父上が亡くなられて遺品を整理した所、本棚の奥から出てきたとの事です。私はおびただしい数の、本の無い木製の本棚が気になりました。

案の定、本はすでに処分された後でした。物との出会いは全て縁のなすものと分かっていても、売却で頂いたという金額をお聞きすると、心が悲しくなります。寂しくなります。折れそうになります。其処に置かれていたであろう物達の姿が浮かべば浮かぶほどそうなります。
私が欲しがるジャンルがかなりあったような気がします。

古本、古書はお任せ下さい

古い本など、お持ちの方、是非、私を呼んで見て下さい。
お値段は間違いなく納得して頂ける自信が有ります。
いらない本の処分は誰にも負けません。

結果、今日、私が頂けたのは、この古い木の看板達でした。

これも私が好きなアイテムです。

津村順天堂の中将湯

津村順天堂の中将湯の看板でした。かなり古い物ですが、この薬が今でも売られている事に驚きました。

もう一つ頂いた看板の薬、安神湯、これも今でも売られてました。

安神湯の看板

安神湯の看板

おそらく100年くらい前の看板ではないかと思います。薬害とか副作用とかが声高く報じられる今でも頑張ってるこんな薬、私は使った事は有りませんが、感服です。

信号を左折すれば帰り道ですが、折からの春の気候に誘われた桜を眺める人たちの群れにひかれて、信号を直進し、3分も有り5分もある、久しぶりの播磨坂の桜を眺めて帰る事にしました。

3月の最後の日、暖かい日差しと、染まりゆく桜と、のどかな人波で、明日への力を頂いたような気分です。

中将湯とか、安神湯とか、結構お世話になった方々がいらっしゃるような、窓から見える、今日の人の波でした。

 

杉並区下井草での[遺品整理]。[岩谷堂箪笥]を買取りしました。

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岩谷堂のサイドボードの買取り

「父が遺した物ですが、大きすぎて処分したいんです」
一階の駐車場の隅にひっそりと置かれていました。
ひっそりと言うよりは寂しそうにの方が似合うかも知れません。

岩谷堂のサイドボードでした。
殆ど使われた形跡はなく、とても美しい一品です。
今でも多くの方が欲しがるアイテムだと思います。
ただ幅が1メートル50は有り、今日の御依頼主、S様の言葉の通り、普通の部屋に置くにはかなり大きな物だと思います。

遺品の整理

最近、50歳前後の男性のお客様に良く呼ばれます。殆どが、父上の遺品の整理です。
今日のS様もやはり50歳前後だとお見受けしました。

お訪ねした所は杉並区の下井草。
妙正寺川沿いの立派なお屋敷です。間もなく咲く、桜の花が似合いそうな。
急な父上の御逝去で、遺品の整理の真っ最中でした。
かなり長い間、高血圧を患われた父上だそうです。
80前の御逝去だとの事です。
同じような場面は、数え切れないほど経験して参りました。

私たちはお客様の御依頼を受け、お客様の心が今以上痛まないようにと思いながら様々な品物を買取させて頂いております。
長い間、日の目を見る事無く、押入れの奥に押し込まれて埃にまみれた様々な物達。
遠い昔から長い時間を掛け、引き継がれてきた様々な美術品類。
それを手にして、また、それを欲しがる次の方に、引き継ぎ出来た時などは、自分が好きでやってる此の稼業ですが、業者冥利につきる瞬間です。

今回の様な岩谷堂の箪笥。

岩谷堂箪笥シール

岩谷堂箪笥のシール

こういう品物を長い間、車庫の片隅に置きっぱなしにしてはいけないと思います。
好きな方が少なくありません。ネックは、大きさと価格です。

S様と、父上の生前の御趣味等をうかがいながら、他に、残された浮世絵の版画等を何点か、美術関係の書籍を段ボールに二箱程頂きながら、S様納得の金額で買取させて頂きました。

私の知り合いに岩谷堂に目の無い、居酒屋の御主人が居ります。
彼の顔を思いながら、重さを忘れ大事に頂いて参りました。

おかげで今日の夜は、その居酒屋で軽く一杯というコースを終え、家に帰ると、横のテレビでは、日中の卓球決勝戦。
居酒屋のテレビの中では女子が泣いてました。

今、横の画面の中では男子の必死の姿。
血圧が上がりそうな気がします。今日は早目に眠らせて頂きます。

杉並区下井草のS様、本日は有難う御座いました。

 

台東区谷中で【古本】の買取。【版画集】、【写真集】、【画集】、【古書】の買取
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久々の谷根千でした。

春一番の昨日から、まるで真冬に戻った今日の谷根千。

空模様に関係なく相変わらずの人出です。

今日お会いしました谷中2丁目のS様。
そうですねー、とてもお若い、気さくな奥様と言う感じ。

築50年は過ぎた3階建てのお住まいからのお引越しです。

とても気楽に一階から三階まで案内されました。

殆どの品物が仕分けされ、もし私の方で、評価できる物が有れば、御自由にどうぞと言う感じです。

一階の駐車場に無造作に積まれた段ボールの箱とビニールのごみ袋。
これはどうしますか?
それは全部ごみなの。
そこから見つけ出したのが、昭和33年の記の有る鉄瓶とか、純銀の銘々皿とか。
あと、玉川堂の茶筒とか。

一階のソファの上には、中古のブランドバッグとか古い香水達。
皆、私の好きなアイテム達です。

品揃えの最中の私の前に、本の入った重そうな段ボール箱を一つ抱えた男性の姿。
一瞬緊張しながら、「その箱はどうするんですか?」
「これ?、そこに捨てるの!」と駐車場の方へ。

【古本、古書の買取】

ちょっと待って下さいよ!

と、私が集めたのが写真の古本達。
写真集、版画集、画集とか結構面白い物が目に入ります。

古本、写真集、版画集

古本、写真集、版画集

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本を持参されたのが、こちらの御主人、S様でした。
全て要らないとの事。

昭和13年生まれのお元気そうな方でした。
殆どが父上の残されたものであり、御自分にはもう用の無いもので、すでに大量に処分なさってしまったとの事。

残念ながら言葉が有りません。
残った物から活かす物が有れば私に全て任すとノコト。

有りがたいお言葉です。

引っ越されて、那須に有る別送の方に移られるとの事です。
先程からけなげに、一生懸命動かれてる気さくな女性の方。
素晴らしい奥様ですねー
に、
奥さんじゃないんだよねー
の、
御返事。
私のヘルパーなんだよね。30年位。

私も沢山のヘルパーさんを知ってますが、これほど羨ましく思えるヘルパーさんは知りません。

今日は本当に、素晴らしい物たちを大変ありがたく頂いた上に、素晴らしい人たちとの出会いでした。

今日の株価とか、バズーカとかマイナス金利とかに、殆ど縁の無い世界にお住まいのS様、羨ましゅうございます。

久々の谷根千、又お邪魔したいと思います。
S様、有難う御座いました。

谷根千とは、谷中・根津・千駄木の頭文字をつなげたものである。

 

 

東京港区赤坂の【ブランド食器】の買取、【ノリタケ】の【イナギュレーション】でした。

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東京赤坂の買取

「此処には、昭和59年から住んでるの。私の歳、分かります?」

「いいえ」

「貴方は、何年生まれなの?」

「昭和2●年です。」

「私より全然若いじゃない!私は、1●年なのよ」

すぐに何歳か分かりました。
同じ年生まれの、同業の先輩が居ります。

乃木坂を下りた、赤坂9丁目。歴史の有る瀟洒なマンション、新しい建物が並ぶ静かな道沿いの落ち着いた建物の6階の一室。

こちらにお住いの今日のお客様、S様とのやり取りです。

「私、長年一人でここに住んでいて、そろそろ、身の回りを整理しようと思って…」

最近、良く耳にするお言葉です。

お部屋の中にはイタリアの輸入家具、床には赤の美しい、ペルシャ絨毯。
カップボードには、ヨーロッパのブランド食器。私の好きな物が見えます。

ノリタケのイナギュレーション

古い香水の瓶が何本かと一緒に、テーブルに上に出されていたのがこのノリタケの金彩仕上げの、イナギュレーションシリーズの、コーヒーカップ&ソーサー、プレート類のセットでした。

昭和54年のノリタケ創立75周年に際して企画された、ノリタケの当時の最高の素材、最高の技術で製作された、この世界では名器の一つに数えられるそうです。

当時の豊かな景気、華やかな世相を反映した素晴らしいアイテムの一つだと思います。

全部で30点近く、惜しむらくは、普段使いで使われた何点かに、ところどころ、金彩のはがれが見えるところ、コーヒーポットが見えない事でした。

 

ノリタケのイナギュレーション

ノリタケのイナギュレーションのカップソーサー

物の数が豊かになり、より質の良い物を求められる今、当時ほど、この品に惚れ込む人は少なくなりました。
私の金額提示にもすんなりと話が決まり、素晴らしいガラスのテーブルに出された、ヘレンドのカップに注がれた温かいコーヒーを頂きながらの、世間話です。

又例の、マイナス金利のお話です。
マイナス金利で一喜一憂される方、かなりいらっしゃるようです。

「私の趣味は、新聞に目を通す事なの、毎日。ボケ防止でねっ。」
いえいえ、ちっともぼけては居りません、更にこんなコメント。
「この頃は、カ行の人の話が多いわねー。」

黒●…、清●…、金…、クリ●…、

こんなお名前が可愛いお口から零れます。

「私、ここに住んで、30年は過ぎたけど、今ほど、世の中がつまらない時はないわねー」
「マイナス金利だの、消費税だの、無かった頃が懐かしいわ!」

私もほぼ同感です。私の薄れゆく記憶の中で、当時、金融機関から借り入れをすると、確か年利10%近い金利を払わせられながらも、活発な消費で世の中が今よりははるかに潤っていたような気がします。

そろそろ美味しいコーヒーも終わりに近づきました。

白い壁に、様々な年齢の女性の写真。

その一枚を指さして、「これって、浅丘ルリ子ですか?」

「それはあたしよー!!!、これ全部私なの!」

荷物をまとめる私の背中から嬉しそうな一声。

「貴方は、この辺りに又来るの?来たら、寄って下さい。貴方の欲しい物あげるから。」

ホントですか?赤坂のS様。

是非、また、お邪魔してみたい、港区赤坂9丁目のS様との出会いでした。

東京杉並区で【贈答品の買取】、【バカラのローハン】でした。

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【東京杉並区、下高井戸の買取です】

ひと通り、全ての部屋の品定めが終わりました。
部屋では無く、お部屋に残された品物達の品定めです。
「絵画とか、焼物が有るので見て下さい。」
矢張り、60を超えたばかりの様子の男性の方からのご依頼でした。
東京、杉並区の環八と甲州街道に真近の下高井戸の、いつものように細い道の入り組んだ住宅街に有る、矢張り、築50年はなんなんとする、木造2階建てのN様のお宅。
矢張り、売却処分だそうです。

品定めの結果はかなりさびしい限りでした。
仏壇横の収納から、かなり大きめの、13代今衛門の桐箱が幾つか、更に、柿右衛門の桐箱が二つ見つかりました。
一瞬、嬉しがったのもつかの間、全て、もぬけの殻で中身が有りません。各部屋を隈なく眺めても中身は見つかりませんでした。
ついでに出て来たのが、この、所謂、贈答品の類達。
長年不用で放置され、今でも、欲しがる人を探すのが難しい、茶器急須、湯呑、ガラスの器達です。
私も悔しさも手伝って、重いのも忘れ、つい車に積み込んでしまいました。

男性から、お茶を頂くのはそう数が多くは有りません。
先程買取をお断りした、30年ほど前のチーク材の食卓の上に、古い香蘭社の湯呑に入れられた温かそうな緑茶が一杯。
本日の寒さには有りがたい一杯です。

お茶を挟んで、N様としばしの世間談義。
私の仕事は、何年くらいやってるだの、お互い、生まれが昭和の何年だの、子供、孫の話だの、相手次第では、私はつい、話し込んでしまいいます。
白髪の数と額の薄さを鑑定する私。
「私がここに居た、平成の初め頃、一億円を銀行に預けると、毎月、五十万円位、利息が入って来たんだよねー」
事実かどうか分かりませんが、羨ましいようなお話です。
「所が今、一億円を銀行に預けると、一年で、千円なんだってね」
こちらのお話も、私には事実かどうか確認する術を知りません。
「昨日かなんかの、日銀の決定らしいけど、クロはクロだね。」
良く意味は分かりませんが、日銀黒田総裁のマイナス金利発表に原因が有るみたいです。
日銀総裁の一言に、一喜一憂されながら、お住まいの売却整理にお忙しい、N様、お羨ましい限りです。

【バカラのロックグラスの買取】

頂いた贈答品の中に赤い箱のバカラのロックグラスが一つ見つかりました。
バカラのローハン、未使用品でした。

 

バカラのロックグラスローハン
私には、マイナス金利よりも数倍プラスの贈り物でした。
杉並区下高井戸のN様、有難う御座いました。

東京,新宿,西落合の買取。【ラッパ型】【蓄音器】の買取。

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最近の買取事例

最近、60過ぎの男性の方に良く呼ばれます。

殆どの方が、御両親の御逝去後の、お住まいの整理片付けです。

有る程度、御自分で整理なさった場合、そこに残されているのは、箪笥、本箱、介護のベッド、布団、人形、それと小さな仏壇とか。

何故か箪笥の中の着物、本箱の書籍類は空っぽになってます。

処分なさった経緯、売却で手にされた金額等の話を聞くたびに悲しくなります。

広告の上手な業者様が羨ましくなります。

悲しんでばかりはいられません。

残された物達の中に、私と出会いたい物が必ず有るはずという信念で、いつもの家探しが始まります。

新宿区西落合の買取

この度お邪魔した新宿区西落合のH様のお宅もまさしく、その通りの築50年は過ぎてる木造の2階建てのお宅でした。

出迎えて頂いたH様。

本当に長閑な人生を送られたであろう、穏やかで、愛想のとてもよろしい、60を超えたばかりに見える、丸顔の、とてもお元気そうな男性の方でした。

全て処分するので、何か買えるのが有ればお願いしたいとの事。
所謂、遺品の整理です。

不燃物だと仰る、食器の入った、段ボール箱から、スワロフスキーのガラスが5,6個。
ヘレンドのカップソーサーがワンセット、その他ノリタケオークラのお皿数点を助け出し、ベッドの脇のナイトテーブルの上で、埃のかぶった白い風呂敷の中から現れたのがこのラッパ型スピーカーの付いた蓄音器でした。

ラッパ型蓄音器の買取

取り説が有りました。
昭和62年頃のメイドインフランスの蓄音器でした。所謂復刻版です。
父上の物だそうです。H様には御不用の事。

ラッパ型蓄音器

ラッパ型蓄音器

この時期のご購入とすれば、多分、目の前のH様とほぼ同年齢でのこの商品のご購入かなと余分な事を思いながら、その当時の何と無く豊かで、のんびりした日本の情景と、これを手にしたH様のお父上のお姿などを、思い浮かべながら、大切に車に積み込み西落合を後にしました。

車のガラス越しに見えるいつもの哲学堂の桜達。
やがて訪れる今年の春に備え、残り少ない厳しい寒さを必死にこらえる姿。
私の好きな場面です。

店に戻り、ゼンマイを巻くと大きなスピーカーから懐かしい音色が流れました。
西落合のH様、有難う御座いました。

 

豊島区大塚での【治療機の買取】、【スカイツリー】、【富士山】、【東京タワー】との出会い

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今日の主役は、富士山でしょうか?東京タワーでしょうか?スカイツリーでしょうか?

豊島区北大塚のお客様

今日私を呼んで頂いたのは、豊島区北大塚のY様御兄弟。 訪ねて見ると、しょっちゅう私が顔を出す地域、大塚駅の北口から、都電の線路を越えた、信号機のすぐ脇の、築50年はなんなんとする、2階建ての古いお家。 間もなく解体の予定だそうです。 私を迎えて下さいましたのは、多分お兄様と妹様お二人でした。 来月、解体なさるそうです。その後の事はわかりません。ただ、羨ましい限りです。

戦前の、Toushibaの扇風機、Nationalの電気ストーブとか、私の好きなアイテムを気持ちよく譲って頂きました。 気が引けるのは、すぐ近所に私の懇意のリサイクルショップが有った事でした。 そんな関係で私も一生懸命買わせて頂きました。 そこで見つけたのがこの治療機です。

1955年の治療機

1955年の治療機

1955年の治療機

1955年の治療機

押入れの天袋の一番奥の奥で私との出会いを待ってました。

さすがに、今更、役には立たないと思います。 中から出てきた取り説に、1955年の記録が有り、今から60年も前にこのような治療機が存在していた事実にびっくりしました。 古い昭和の本箱、欅の文机、時代箪笥等、次回の引き取りのお約束の最中に一本のお電話。 墨田区は、向島からのお電話でした。 気持ち良く、北大塚のY様のお宅を後にして、春日通りから、浅草通りを経て、向島の、M様宅へ。残念ながら、私の欲しい物には出会えませんでした。 スカイツリーとの出会い そこで何と無く立ち寄ったのが、東京スカイツリーでした。 一人で行ってみました。 多少お腹も空いてました。

時間は午後の4時半頃。

そこで出会ったのが、写真の富士の顔でした。

スカイツリーからの富士山

スカイツリーからの富士山

好きになれそうなスカイツリー

普段の混雑は知りません。

今日はとても空いてました。

地上350メートルへのエレベーターも快適でした。

そこには意外と多くの人たち、矢張り若い二人連れ、中国、韓国、その他の外国の方々。

久しぶりに、何と無く、自由でのんびりの時間を味わいました。

下界の景気とか株価とか、遠い彼方のきな臭い話とか、バスの事故の悲しい思いとかを、 一瞬忘れさせてくれるそんな場所と時間でした。

今日の天気の御蔭でしょうか、遥かな美しい富士、近くの輝く東京タワー、結構好きになれそうな
東京スカイツリーに出会えたそんな一日でした。

スカイツリーからの東京タワー

スカイツリーからの東京タワー