【東京都文京区目白台】不用品整理・片付けの最中に現れた時を奏でるオルゴールたち|空き家整理で出会ったリュージュとシンギングバードの記憶

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時代が静かに幕を下ろすとき

今年に入ってからでしょうか。
同世代の名だたる方々の訃報が、続くようになりました。

つい先日も、ジャンボ尾崎の訃報が流れましたね。

尾崎将司さん。
わたしと同い年です。

若い方はピンと来ないかもしれませんが、あの豪快なスイング、あの闘争心。

テレビ越しに「まだ負ける気はないぞ」と言わんばかりの姿を見て、同じ時代を生きてきた者として、どこか自分の背中を押されているような、そんな気持ちになったものです。

※Getty Images から有償でダウンロード

年を重ねると、人の引退や別れに、自然と自分を重ねるようになります。

-それは、人だけではありません。
物もまた、同じです。

空き家となったご夫妻の住まいから不用品片付け・整理のご依頼

今回のお話をいただいたのは、
東京都文京区目白台。

3年前に、90歳を過ぎたご夫妻が相次いで亡くなられ、その後、3年間手つかずのままになっていたお宅でした。

お子さんはいらっしゃらず、ご親族というよりは長年お世話をされていた関係者の方からのご依頼。

「家の中を、きちんと整理してあげたいんです」

電話口で、そう仰っていたのが印象的でした。

不用品整理の現場で出会った、古いオルゴールの発見|大量処分の中から残された価値ある品

家具、洋服、食器、書籍……
結果的には2トントラックで5台以上になりました。

「捨てる前に、一度見てもらえますか」

現場に入ると、いかにも“昔ながらの暮らし”がそのまま残っていました。

箪笥の引き出しを開けると、
きちんと畳まれた洋服。

食器棚には、来客用だったのでしょう、ほとんど使われていない器が並んでいます。

そんな整理作業の途中、関係者の一人が声をかけてきました。

「これ、念のため見てもらえますか」

埃をかぶった棚の奥。
箱に収められた、いくつかの古いオルゴール。

ゼンマイを巻いても、
動かないものも多い。

ですが――

その中に、かすかに音を奏でるものがありました。

リュージュとシンギングバードの価値|処分寸前だったオルゴールが持つ本当の評価

蓋を開け、そっと耳を近づけると、
鈴を転がすような、澄んだ音。

リュージュ社のオルゴールでした。

さらに、金色の鳥かごの中で、小鳥がさえずる――
シンギングバード。

動かないものもありましたが、動くものは、確かに“生きて”いました。

「ずっと、しまったままだったんでしょうね」

そう言うと、関係者の方が、
少し驚いたように仰いました。

「ご夫妻、音楽が好きだったみたいです」

その一言で、
すべてが腑に落ちました。

「処分するには、忍びないですね」

オルゴールは、
ただの装飾品ではありません。

特にリュージュやシンギングバードは、音を楽しむために生まれた工芸品です。

動かなくなっていても、修理を前提に探している方がいます。

今回のオルゴールたちは、
処分される運命だったかもしれない。

ですが、「これは、次の持ち主がいます」
そうお伝えしました。

整理費用と相殺という形で

ご相談の結果、オルゴール類はすべて、整理費用から相殺する形で引き取らせていただくことになりました。

金額の話よりも、「誰かがまた大切にしてくれるなら」

その一言が、何よりでした。

「音が鳴るものは、やっぱり嬉しいですね」

関係者の方が、そう微笑んだのがとても印象的でした。

物がつなぐ記憶と想い|オルゴール買取を通して感じた、遺品整理の本当の意味

人は亡くなっても、
その人が愛した物は、
記憶を抱えたまま、残ります。

オルゴールの音色は、当時の暮らしや、何気ない日常を、そっと呼び起こす力があります。

ジャンボ尾崎のスイングを見て、
若い頃を思い出すように。

一つの音色が、
人生の一場面を蘇らせることもある。

「物より思い出」よく聞く言葉ですが、わたしは、こう思います。

物があるから、思い出が残る。

今回お預かりしたオルゴールたちも、きっと、次の誰かの人生の中で、また静かに音を奏でることでしょう。

この度は、大切なお品を託していただき、誠にありがとうございました。

創業40年。
また一つ、忘れられない出会いとなりました。

【東京都板橋区高島平】不用品整理に伴うペルシャ絨毯の買取事例|UR住宅の明渡しで残されていたクム産シルク絨毯

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知人の弁護士からの、少し重たい相談

昼過ぎ、店に一本の電話が入りました。
相手は、長年付き合いのある弁護士さん。

「木村さん……正直に言いますが、“値の付く物は無い”案件かもしれません。」

こう前置きされる時ほど、
私は慎重になります。

「高島平のURで、明渡し前の整理です。荷物は残っています。ただ、骨董として買える物があるかどうか……。」

「構いません。一度、現場を見ましょうか。」

そう答えると、電話の向こうで、
少し安心した声が返ってきました。

板橋区高島平、生活の痕跡が残るUR住宅

環七を北へ走り、荒川を越え、
団地群が視界に広がると高島平です。

部屋に入ると、まず目に入るのは生活の跡。

食器棚、古いタンス、
使い込まれたテーブル、
畳まれた衣類の入った段ボール。

「ちゃんと暮らしていた部屋だな……。」

私は、思わず独り言を漏らしました。

物は“ある”けれど、“買えない”という現実

一つ一つ、目を通します。

食器は量産品。
家具は使用感が強い。
家電は年式が古い。

思い出は、たくさん詰まっている。けれど、市場価値として評価できる物は、正直、無い。

私は、弁護士さんに電話を入れました。

「先生、生活の物は揃っていますが……骨董として買える物は、見当たりません。」

受話器の向こうで、
小さく息を吐く音。

「やはり、そうですか……。」

そう言いながら、ふと、玄関脇に目をやると、壁際に丁寧に丸められた一枚の絨毯がありました。

私は、そこで足を止めます。

「……先生。一点だけ、絨毯があるんで見ていいですか。」

玄関脇で目に留まった一枚。広げた瞬間に分かるクム産シルク

絨毯を広げた瞬間、
私は、はっきり言いました。

「これは、クムですね。」

「クム……?」

「イランのクム産。しかもシルクです。」

電話口で、一瞬、沈黙。

「……そんな物が、残っていたんですね。」

派手さはありません。

しかし、文様は細かく、光を受けて、静かに表情を変える。

分かる人にしか、分からない仕事です。

なぜ、このペルシャ絨毯だけが残ったのか

房、縁、裏の結び。
一通り確認しながら、私は弁護士先生に言いました。

「先生、この絨毯が残った理由は、はっきりしています。」

「と、言いますと?」

「価値が分かりにくいからです。高価な物ほど、最後まで残ることがある。」

電話口で、「なるほど……」
という低い声。

整理費用と相殺する、現実的な判断

「金額は、どのくらい見られますか。」

慎重な問いかけ。
私は、現実的な数字を伝えました。

「整理費用の一部と相殺する形でならこのくらいが妥当でしょう。」

少し間があって、

「それで、お願いします。いやあ、正直助かります。」

派手な取引ではありません。

しかし、確実に、
一つの問題が解決した瞬間でした。

鑑定士として思うこと

私は、絨毯を丁寧に丸め直しながら、ふと、そんなことを思いました。

「思い出は、値段にはなりません。でも……長いこと一緒に過ごした物には、それなりの“役目”があったはず。」

この絨毯も、誰かの足元で、あるいは、部屋の片隅で、黙って暮らしを支えてきたのでしょう。

今日の一枚は、値段と気持ちのちょうど真ん中あたりに、静かに置かれているように見えました。

帰路の環七、少し肩の力が抜けて

高島平を後にし、いつものように環七の流れに戻ります。

夕方の渋滞。

赤いテールランプが、列になって伸びていました。

私はハンドルを握りながら、少しだけ、肩の力が抜けたのを感じます。

不用品整理の現場というのは、「捨てる・残す」よりも、「どう折り合いをつけるか」を考える場所なのかもしれません。

今日のクムの絨毯は、そんな折り合いのつけ方を、そっと教えてくれた気がしました。

まとめ|不用品整理の現場で、最後に残る「価値」

今回の板橋区高島平でのご依頼は、UR住宅の明渡しに伴う不用品整理という、決して珍しくない現場でした。

生活の荷物は残っているものの、市場価値として評価できる品はほとんどない。そうした中で、玄関脇に静かに残されていたイラン・クム産のシルクペルシャ絨毯。

不用品整理の現場では、
「価値の分かりやすい物」よりも、
「価値の分かりにくい物」が、最後まで残ることがあります。

思い出は値段にはなりません。

けれど、長い時間、暮らしの中で役目を果たしてきた品には、それぞれの“意味”があります。

私たちは、すべてを買い取ることはできません。しかし、買い取れる物については、その背景や事情も含めて、丁寧に向き合うことを大切にしています。

不用品整理・明渡し・相続など、「どう扱えばよいか分からない物」がありましたら、無理に処分する前に、一度ご相談ください。

最後に残った一つの品が、
思いがけず、次へつながる価値を持っていることもあります。

【東京都豊島区】陶磁器・焼物の出張買取事例|備前の宝瓶と人間国宝・井上萬二の酒器を丁寧に査定

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【東京都豊島区南長崎】年の瀬に託された器たち

―内装屋の親方から頼まれた、備前と人間国宝・井上萬二の酒器―

年の暮れも押し詰まった頃でした。

電話口の声で、私はすぐに誰だか分かりました。

「木村ちゃん、今年もお世話になります。ちょっと見てほしい物があってねぇ…」

長年付き合いのある、豊島区南長崎の内装屋の親方。

もうかれこれ二十年以上でしょうか。

現場で出た古い物、施主さんから譲られた品、そのたびに「これ、どうだい?」と声を掛けてくれる人です。

「年末でね、少し整理したいんだよ。大事にしてきた物だから、捨てるのは忍びなくてさ」

そう言われて、私はいつもの鞄を持ち、
南長崎へ向かいました。

数はあるけど値段がつけづらい陶磁器・焼物

現場というより、親方の倉庫の一角。

木箱がいくつも積まれ、その脇には使い込まれた焼物や酒器。

「若い頃から、仕事の合間に集めてきたんだ。現場の親方からもらったり、骨董市で見つけたりね」

そう言いながら、
一つ一つ箱を開けていきます。

備前の宝瓶、素朴な焼締の湯呑、名のない陶磁器。正直に言えば、数はあっても評価が難しい物が多いのが現状です。

「親方、これは正直、まとめての評価になりますねぇ」

「だろう? それでもいいんだ。年末の小遣いになれば御の字だよ」

こういう言葉が出る人は、
無理を言わないんです。

だからこちらも、出来る範囲で誠実に応えたくなる、
そんな人柄が長い付き合いに至る一番の要因です。

木箱の底から現れた“別格”の酒器

そんな中、一つの桐箱を開けた瞬間、私は思わず声を漏らしました。

「……ああ、これは」

「分かる?」

「ええ、井上萬二ですね」

白磁の冴え、薄造りの品格。
人間国宝・井上萬二 の酒器でした。

「若い頃、無理して買ったんだよ。いい物は、持ってるだけで背筋が伸びるだろ?」

親方は、少し照れたように笑います。

数が多く、評価が伸びにくい中で、
この一点だけは、はっきりと価値がありました。

「親方、これは頑張らせてください」

「そう言われると、頼んで良かったと思うよ」

値段よりも「ちゃんと見てもらえたか」

最終的には、備前の宝瓶、陶磁器類はまとめて評価。

そして井上萬二の酒器は、
きちんと単品で査定。

「全部でこの金額になります」

金額を告げると、親方はしばらく黙ってから言いました。

「十分だよ。ちゃんと見てくれた、それが一番だ」

私は何度もこういう場面に立ち会ってきましたが、結局のところ、お客様が求めているのは高価よりも、納得なのだと思います。

「これで年越しの酒が、少し旨くなるな」

「それは何よりです」

年の瀬に、物が次へ渡っていくということ

物というのは、不思議なもので、役目を終えると、次の持ち主を待つようになります。

長年大切にされてきた器たちも、またどこかで、誰かの手に渡っていくでしょう。

「また何かあったら、頼むよ」

「こちらこそ、いつでも」

南長崎の路地を歩きながら、私は今年もこの仕事を続けてこられたことに、静かに感謝していました。

鑑定士よりひと言

数が多く、値段がつきにくい物でも、中に“本物”が混じっていることは少なくありません。

処分を急ぐ前に、
一度、きちんと目を通させてください。

物の価値だけでなく、その人が過ごしてきた時間 も含めて、私は拝見しています。