台東区谷中で【古本】の買取。【版画集】、【写真集】、【画集】、【古書】の買取
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久々の谷根千でした。

春一番の昨日から、まるで真冬に戻った今日の谷根千。

空模様に関係なく相変わらずの人出です。

今日お会いしました谷中2丁目のS様。
そうですねー、とてもお若い、気さくな奥様と言う感じ。

築50年は過ぎた3階建てのお住まいからのお引越しです。

とても気楽に一階から三階まで案内されました。

殆どの品物が仕分けされ、もし私の方で、評価できる物が有れば、御自由にどうぞと言う感じです。

一階の駐車場に無造作に積まれた段ボールの箱とビニールのごみ袋。
これはどうしますか?
それは全部ごみなの。
そこから見つけ出したのが、昭和33年の記の有る鉄瓶とか、純銀の銘々皿とか。
あと、玉川堂の茶筒とか。

一階のソファの上には、中古のブランドバッグとか古い香水達。
皆、私の好きなアイテム達です。

品揃えの最中の私の前に、本の入った重そうな段ボール箱を一つ抱えた男性の姿。
一瞬緊張しながら、「その箱はどうするんですか?」
「これ?、そこに捨てるの!」と駐車場の方へ。

【古本、古書の買取】

ちょっと待って下さいよ!

と、私が集めたのが写真の古本達。
写真集、版画集、画集とか結構面白い物が目に入ります。

古本、写真集、版画集

古本、写真集、版画集

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本を持参されたのが、こちらの御主人、S様でした。
全て要らないとの事。

昭和13年生まれのお元気そうな方でした。
殆どが父上の残されたものであり、御自分にはもう用の無いもので、すでに大量に処分なさってしまったとの事。

残念ながら言葉が有りません。
残った物から活かす物が有れば私に全て任すとノコト。

有りがたいお言葉です。

引っ越されて、那須に有る別送の方に移られるとの事です。
先程からけなげに、一生懸命動かれてる気さくな女性の方。
素晴らしい奥様ですねー
に、
奥さんじゃないんだよねー
の、
御返事。
私のヘルパーなんだよね。30年位。

私も沢山のヘルパーさんを知ってますが、これほど羨ましく思えるヘルパーさんは知りません。

今日は本当に、素晴らしい物たちを大変ありがたく頂いた上に、素晴らしい人たちとの出会いでした。

今日の株価とか、バズーカとかマイナス金利とかに、殆ど縁の無い世界にお住まいのS様、羨ましゅうございます。

久々の谷根千、又お邪魔したいと思います。
S様、有難う御座いました。

谷根千とは、谷中・根津・千駄木の頭文字をつなげたものである。

 

 

今日はチョコレートを一つ頂きました。北大塚のS様から。

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85歳の北大塚のS様

春一番まであと一息という春の様な暖かさの中、北大塚の85歳のS様が、お店に現れました。いつもこの時間に現れては、せんべいだのまんじゅうだのを置いていかれます。

自転車の荷台にはいつものように買い込んだ食料品のレジ袋。

今日のお土産は、小さなチョコレートの小箱が一つ。

「これ、食べてっ!」
いつものような元気が有りません。

【近くの市場が閉店します。】

「あんた、そこの市場がやめるって知ってるの?」

私のすぐ近所には、昭和の終わりから30年位営業の、結構名の通った生鮮食料市場が有ります。
年の瀬になると、正月の買い出しのお客様の何重もの列が一日中続いた頃も有り、街の一つの風物詩でした。
営業努力をしなかった訳ではないと思います。
中々頭をあげてくれない景気の動向、昨日のお店のように、所謂、町場の飲食店等の数の減少で、年ごとに客数が減り、いよいよ営業をやめざるを得なくなってしまったというような事を、私も数日前に耳にしました。

確かにこの所、ここ数年、真近で見ている私の目にも、客数の減少ははっきりしてました。

イスに腰を下ろした、S様の口は収まりそうも有りません。

「私は時々、そこの市場に寄っちゃ、ここに顔を出すのが楽しみだったのに、、、   😥  」 さみしそうに語ります。
店の表は南風が強くなってきました。I

北大塚のS様

北大塚のS様

元気の無いS様の帰り途が心配です。

ラッパとバズーカ

「ちょっと前までは、経済再建だの、一億総なんとかっていう勇ましいラッパを吹いてたと思ったら、最近は何とかバズーカとか何とかで、景気なんかちっとも良くなって無いじゃない。困ったもんだよねー。私なんか、歳だから構わないけど。」

世の中の流れを良く御存じで。

今日の風のように、何時もよりはちょっと荒れ気味の、御高齢のS様。
どんな理由にせよ、こんなお年寄りに、心配事を作っちゃいけません。

何時もは何か必ず買って下さる、S様。 👿

「じゃ、又来るねー」 今日は手ぶらでお帰りです。

何と無く店を後にされた北大塚の85歳のS様。

北大塚のS様

自転車の後姿がいつに無く、さびしげで、風の強さが気になります。

景気の風は中々、春色に変わりそうも無いみたいです。

市場が無くなると、私の店もとても困る事になりそうです。
自転車姿のS様の、あの元気なお声を何時まで聞けるのか?
寂しい事です。

 

埼玉県三郷市の買取。【東京オリンピック記念メダル】、【沖縄海洋博記念メダル】。

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中川と江戸川の間と言うよりは、中川に近い、中川沿いの、三郷市の古いおうち、出迎えて頂いたのは、85歳と仰る、所謂モンペ姿の、白髪丸顔,金縁眼鏡の、F様でした。
広いお庭の車庫には車が一台。銀色のカバーに包まれてました。

中央環状から常磐道に入る手前、三郷ジャンクションから一般道に下り、何時ものように三郷の街に入ります。

関東平野の真ん中で、東京の直前で、昔から、北からの寒風をまともに受け止めてくれる街。この時期にここを訪れるといつもそう思います。強い北風を感じます。

銀色の車カバーの横に車を止め、私は何時ものようにお尋ねします。

「お品物は何ですか?私を呼んで頂いて有難う御座います。どうして私を呼んで下さったんですか?」

F様が、紺色のモンペの裾で手を拭きながら答えてくれます。

「息子が飯田橋に居て、相談したら、貴方の電話番号を教えてくれたの。」

またまた有りがたいお言葉です。

出して頂いたのが、古い着物、欅の卓袱台、掛け時計。

残念ながら、着物は古すぎたり、卓袱台、時計は壊れていたりで評価はかなりしんどそうです。

「そう思って、これも出したのよ。」

モンペの後ろから小さな包み。

藍色の風呂敷を解くと中から現れたのが、東京オリンピックの、記念メダルと、沖縄海洋博の記念メダルでした。

東京オリンピック記念メダル

東京オリンピック記念メダル

沖縄海洋博記念メダル

沖縄海洋博記念メダル

たまたま、最近、金の価格が下がってます。

ご説明申しあげました。

「わかってるわよ。もうこんな物長く持ってる時代じゃないでしょっ!」

まさしくその通りです。

最近は全ての物の価値観が急激に変化中だと思います。

世界中のおお金持ちが、手元の物の処分を始めるとか。

今日の品物も、現在、私達が積極的に欲しがるものでは有りません。明日の価格の保証が有りません。

飯田橋の息子様に感謝しながら、今、買える価格を申し上げ、金縁の眼鏡の奥で喜んで下さるお顔を拝見しながら、荷物の積み込みです。

帰りは、戸ヶ崎の信号を超え東京に入り、水元公園を左に見ながら、大谷田の信号から環七を抜けての帰路でした。

帰りの環七、かなり混んでました。このアナログ感、嫌いでは有りません。

綾瀬の駅の近くで何と無く懐かしいエンジンの音。横を抜けてく一台の車。

多分初代のフェアレディZでした。ドライバーの顔を拝見しようと追いかけましたが、追いつけませんでした。

夕暮れの環七、真っ赤なテールランプが一瞬で闇に溶け込み、灰色の空に向かって、消えて行きました。

 

 

文京区小石川での古美術品の買取。【香取秀真の獅狛】、【蒔絵の煙草入れ】。

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「これはねー、私の父がとても大切にしていた物なのよ。」

と言いながら仏壇の横で、半分ほど開かれた、押入れの上の段から、両手で重そうに出されて来たのが、この、獅子と狛犬の置物でした。

箱には「獅狛」の銘。昭和3年作の記。
裏には、秀真の名。

香取秀真の獅狛

香取秀真の獅狛

人間国宝の金工作家香取正彦の父、香取秀真の作品でした。
正彦の作品は度々出会いましたが、父の作品の方が珍しいかなと思います。

今日私を呼んで頂きました、文京区小石川の播磨坂のお近くの、とても古そうなお屋敷にお住まいの、80歳は越えられたでしょう、眼鏡の奥できらりと輝くまあるい眼が印象的な、和服姿のF様。

「何か私の息子が、以前、千代田区の方でお世話になったそうで、貴方を呼ぶように言って呉れたのよ。」

何とうれしいお言葉でしょう。

お値段の提示には大分悩みましたが、快く譲って頂くことになりました。

御気分が宜しかったのか、これもどうぞと頂きましたのが、この蒔絵の煙草入れでした。

蒔絵の煙草入れ

蒔絵の煙草入れ

普段使いで使われていたらしく、多少の痛みが見えますが、美しい物でした。

最近、中々この手の物に出会えなくて苦労しております。

本日は素敵な物をご手配して下さった、F様の、息子様、ありがとうございました。

豊島区南長崎での昭和の家具との出会い、玉川堂の銅薬缶の買取。

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嬉しくも有り、とても悔しい、豊島区、南長崎からのお電話でした。

「来てもらってもがっかりかもしれないけど、、、」

南長崎には、区に指定された古い木とか、古い建物が結構残ってます。

私も幼い頃、東長崎の駅前の映画館などで、楽しい時間を過ごしました。

そんな、駅から歩いて5分足らずの、築50年は経ってるだろうと思われる木造の一軒家の、何と無く年齢を感じさせる、H様からのお電話でした。

玄関の下駄箱の上には当店のチラシ。それも3年前の物と、10年前の物が2枚も。

10年前から、私に何かを頼もうと思ってたのかしら。

嬉しい限りです。

玄関をはいり、畳に足をやると、いわゆる昭和の家具がごろごろと。

然し、がっかりは、今日中に持って行けないかとの事。

車、人員の関係で、泣く泣く、お断りせざるを得ませんでした。

今日の今日では物理的に無理だったのです。

ダイヤガラスの本箱、足踏みミシン、丸テーブルに、欅の水屋、その他古いイス達。

皆私が好きな物たちでした。あきらめました。

ブリキのバケツに銅の洗面器、古いアイロン、その辺は、車に積めました。

頂いた中で、気に入ったのがこの玉川堂の、銅の薬缶です。

蓋の摘みが気に入りました。

玉川堂銅薬缶の銀摘み

玉川堂銅薬缶の銀摘み

あと、こんな物と出会いました。

第2回宝くじとあります。

1枚20円、一等が50万円でした。

第2回宝くじ

第2回宝くじ

この宝くじをお持ちのH様から、おじさんおじさんと呼ばれた事だけが腑に落ちませんでした。

とてもお忙しく、引っ越さなければならない様子の、H様、家具たちを助ける事が出来ずすいませんでした。私も残念です。
多分、電話一本にかなりのお時間がかかったんでは無いかと思われます。

物との出会いは、全て、縁だと、あきらめて居ります。

明日は、年末ジャンボを買いに行こうかなと思ってます。

 

豊島区長崎で骨董品の買取。【掛軸】と【長火鉢】。

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店の近所から、「骨董品買って下さい。」

女性のお客様からのお電話でした。

場所はすぐ近く、豊島区の長崎2丁目。

出されたのが写真の掛軸と長火鉢。

これらは最近は骨董品と呼ばれる事が少なくなりました。

最近は行き場の無い掛軸が増えてます。

長火鉢も行き場がせまくなってます。

長火鉢の買取

長火鉢の買取

欲しい人が少なくなってます。

暮が近いので、家の中を整理してたら物置から出てきたそうです。

「もう何か無いんですか?」

「昔はいっぱいあったんだけど、バブルがはじけた頃、うちの人が全部処分しちゃったの。」

大分昔の話になりました。

お歳は未だ、80前の方とお見受けしました。

足腰はしっかりなさってますが、少し耳が遠い御様子。

私も少し耳が弱いんです。

長居は無用の様な気がして、何と無く早めに切り上げさせていただきました。

切手が沢山残ってて、次に又呼んで下さるとの事。

この次は期待させて頂きます。

庭になってた赤い柿。

一枝頂きました。

渋いと思ってかじってみたら、ゴマがたっぷりの甘柿でした。

豊島区長崎のT様、有難う御座いました。

 

豊島区千川で、ブランド食器、ロイヤルコペンハーゲンの買取でした。

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「もう必要ないので処分して下さい。」
と言われ、指を差された食器棚の一番上の棚に置かれた、カップソーサーを下ろすと、ロイヤルコペンハーゲンのブルーフルーテッドプレーンが6客です。
あちこちにかなりの汚れが見え、普段使いでかなり使われた物でした。
「これももう要らないの」と言われて、小さなガラスケースから出てきたのがこのリヤドロと、ロイヤルドルトンの陶器の人形です。

ロイヤルドルトンとリヤドロ

ロイヤルドルトンとリヤドロ

惜しいかな、リヤドロは指が一本無くなってました。ロイヤルドルトンはそんなに古くは有りませんが、仕上がりの良い可愛い一点でした。
その棚の下に有った、ヘレンドの小さな花の置物が六点。

ヘレンドの小物

ヘレンドの小物

包装し、箱にしまう指の先から、ご主人様との数々の思い出が伝わる可愛い小物たちでした。

最近良く有るお手伝いの一場面です。
80歳だと仰るN様が、老人ホームへの引越しです。女性の方です。
私にはまだお一人で十分生活がと見受けられますが、詳しい事情はわかりません。
ホームの方がてきぱきと荷捌きをしてました。
作業の邪魔にならぬ様、こちらの作業を進めます。
結果は、ほぼ2トン車いっぱいの、不用品が有りました。2階の階段から必死の作業です。
結果は不用品の処分代を頂くことになりましたが、一生懸命勉強させて頂きました。
作業中、硬い表情のN様が最後に笑顔を見せて下さり、腰の痛さが消えました。
豊島区千川からご依頼いただきました、N様、有難う御座いました。

世田谷区新町での【万年筆の買取】、【モンブランの買取】。

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「今日は夜阿波踊りで表に出れないのよ!」
「えーっ!!、もうそんな時期なんですか?」
「そうなのっ!」
大塚方面から一週間に一度ほど、重そうな自転車に乗って、店に寄って下さるS様が、近所の生鮮市場で買い込んだ、大量の食品を抱えて、例によって、紙パックのトマトジュースを一本持って、店にいらっしゃいました。
私も以前、大塚の阿波踊りに顔を出した事が有ります。
コメントするとすれば、大変大がかりで、立派な物でした。
私は一回で十分でした。
お近くの方々はご苦労様です。

「これ、飲んでね」
いつものようにトマトジュースを頂きながら、しばしの世間談義。
私は此の時間が結構好きなんです。
S様は、昭和5年生まれでお一人で住んでます。
大塚からうちの店まで、自転車でこられるだけで私は感激です。
私は、お母さんと呼んでます。
「人生なんてね、思い通りになるのは一つも無いの。私は今一人だからいいけど、生きていくのに、大変な世の中になっちゃったわねー。」
戦争を体験されて、現在お一人で生活の女性の言葉、大変重みが有り、いつも勉強させて頂いてます。

世間話に花が咲き始めたころ、「今日中に見て欲しい物が有るんだけど。」
世田谷区の新町からの買取依頼が入りました。
何と無くけだるい暑さの残る環七を一路世田谷へ。
電話のお声が何故か耳に残ります。
とても御高齢の男性の方でした。
かなり古めのガラスの引き戸の玄関から一回のお部屋に通されました。

よくある話でした。
私に買取できる物は何もありませんでした。
電話で、古い時計と、古いオーディオが有ると聞いて出かけてきた私が
哀れです。

感激した事が一つ。
今月中に、ご近所に引っ越されるそうなんです。
部屋の中には引っ越し用の段ボールが多数。
「こっちへ来て見て」と細くて音の鳴る木造の階段を後から2階へ。
偶に前の足が滑って落ちそうになります。
毎日ここでの生活を思うだけで、私の足は竦みそうです。
やっと上がったお2階で、汗だくになって見つけ出したのが、昭和のころの欅の机の引き出しに残った此の万年筆達。
息子さんの物だったらしいんですが何故そこに残ってたのかは教えて下さいませんでした。
荷物を抱えながら、落ちないように下に降りると、白いエプロンの小柄な奥様がいらっしゃいました。手には少し古めの当店のチラシ。
有りがたい事です。
万年筆のお代をお支払いしながら、「お年聞いてもいいですか?」と聞いてみました。
「86だよ。」、、、
横の奥様にも訪ねてみました。
「私は、80なの。」
もうすぐ壊すといわれた築50年は過ぎたと思われる、所々壊れた緑の垣根に囲まれたお住まいを後にしながら、店に残したS様のお元気なお顔が目に浮かびました。
店に戻るとS様の姿は有りませんでした。
お元気に帰られたと思います。
万年筆の中に何本かのモンブランを見つけました。

モンブランの買取

モンブランの買取

それほど古い物でも無く高価な物では有りませんでしたが私には嬉しい出会いでした。
相変わらず暑い日の出会いでした。
大塚のS様、世田谷区新町のN様、有難う御座いました。

 

世田谷区松原で花台、中国香炉の買取

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今日のキーワードは、朝顔、蒲焼、蝉の声。
朝、店に向かう道、白い日射しの中で、紫の朝顔がほほ笑んでました。
迎いの料理屋さんの暖簾から漏れるランチタイムの蒲焼の匂い、昼過ぎに訪れた、世田谷区松原の、M様のお部屋で聞こえた、ミンミンゼミの声。
私は子供のころから、ミンミンゼミの声を聞くと、あー、間もなく秋なんだな―と、何と無く心がさびしくなります。
今日の松原のM様御夫婦、失礼ですけど、私よりはかなり御先輩です。
「何にも無いけど来て見てくれるーっ?」
昨日の夕方のお電話でした。
15年ほど前手に入れられた(これだけでも私には感動です)自宅の中を整理なさりたいとの事。
矢張り、贈答品類が私を待ってました。
奥様の、使わないバッグ類、古い人形達も待ってました。
古い棚、机、もろもろを整理なさりたいとの事。
片付ける場合、かなりの費用がかかります。
お見積りの話をしながら、出された品々を車に積み込み、「もう何かありませんか?」
これがこの花台と、中国香炉でした。
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唐木の花台と中国香炉
この香炉が、古い、白玉で有ったらどれほどのサプライズだったでしょう。
友人から頂いという以上の評価は出来ませんでした。
テーブルの上のチラシの山の一番上に、私のチラシ。
有りがたい事です。
今後の整理の件も含めて、御夫婦が目と目を合わせて喜んで下さいました。
車を出すとき何処からか蝉の声。
とても静かな素敵な、何と無く秋が近そうな、世田谷区松原のM様御夫婦との出会いでした。

小平市での、【食器】、【贈答品】、【レコード】の買取

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灼熱の新青梅街道、いや、真夏の新青梅、炎天、熱、何と形容すればよいのか、とにかく太陽の力の絶大さをフロントガラスからの光に感じながら、昼下がりの新青梅をひたすら西へ、目指すは小平。
「ホームページを見て、貴方に来てほしいの」
うれしいお誘いです。
道の両脇の、濃い緑の中に、時たま顔を出す百日紅の桃色の花色に、ひと時の安らぎを覚えながら、必死に走り、たどり着きました。

小平霊園の緑を抜け、西武線の踏切を超えた、緑の濃い住宅街の中の可愛らしい一戸建ての、S様のお宅へ。
良く冷えた麦茶を頂きながら、お話を伺いました。
先月で旦那様の一周忌が過ぎ、心の踏ん切りがつき、お荷物を整理なさりたいとの事でした。

御本人も心臓が弱く週に一度は、病院に通ってらっしゃるとの事ですが、とても肌のお綺麗な、昭和一桁にはとても見えない素敵な奥様でした。

取敢えず今回は、かなりの数の贈答品、食器類を頂くことになりました。
一つ一つ封を解く私の手元に、S様の暑いまなざし。
数にして100点以上の箱を開けさせて頂きました。
残念なのが殆どの物が、今では、どちらのお宅にも有る物ばかりでした。
人様が欲しがるものではないのです。
評価は、さびしい物です。
S様は心地よく納得して下さいました。
私のワンボックスが、箱であふれました。
私の体からも汗があふれてます。
最後に、食器の奥から出てきたのがこのレコード達です。

今では懐かしい一枚になりました。

今では懐かしい一枚になりました。

矢張り、高価な査定が出来る物ではありませんでしたが、何枚か、私が聞きたい物が有り、頂いて帰りました。

手入れの行き届いた可愛い庭が印象に残りました。
一本の小ぶりの百日紅の木に咲く、桃色の花がとても爽やかな、小平のS様との出会いでした。
着物と茶道具の整理がついたら又お邪魔をさせて頂くことになりました。

S様、本日は有難う御座いました。