満州時代の銀製花瓶の引き取り|新宿区余丁町にて銀製品の買取

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「銀製の花瓶が有るんだけど」

うちのチラシを見た、女性お客様からの連絡でした。

ちょっと前にチラシの構成を少し変えたんで、その効果かなと「してやったり」の気持ち(笑)

こういうアイテムのお問い合わせの時は、私の愛車のアクセル踏み込みにも俄然力が入ります。
スピードを出しすぎないように、はやる気持ちを抑えつつ。

 

新宿区余丁町の古いご自宅での買取

場所は、新宿区余丁町。

たしか都営大江戸線「若松河田駅」付近だと記憶してます。

この辺りは、過去にも私の好むアイテムをゲットした場所でもあるので、自然と期待が高まります。

今回は、ご自宅の建て替えで、家の中の整理中の60代の奥様からのお電話でした。

非常にゆるやかなテンポでお話になられる奥様で、
昔付き合ってた友人になんとなく似ていて懐かしい気持ちになっちゃいました。

愛車のカーナビが示す付近に到着すると、軽く築40年以上は経過している思われる「昭和の雰囲気漂う」木造一戸建てのご自宅です。

気を引き締めていざ入口へ。

 

満州時代の純銀の花瓶との出会い

銀製花瓶の銅箱

既に玄関口に、お椀、お盆、お重、コーヒーカップ、グラスの入った箱が山積みになってました。

この手合い、相当の数が無いと、中々ご希望の金額を払えない場合が多いんです。

心の中で

「あらら、ちょっと思ってたよりも・・・」

少しネガティブな気持ちになりかけるも、気持ちを盛り返して、淡々と作業する私。

いわゆる「山」を全部片づけた後、部屋のひっそりと場所にあった押し入れから出てきた品が。

それがこの桐の箱に納められた、純銀の花瓶でした。

花瓶の正面の城はどこのものでしょうか。

満州時代の銀製花瓶

純銀

更に、花瓶を反転させると「康徳5年7月」という年号が記載されてます。

康徳時代の純銀花瓶

見た瞬間、私の鼓動が高鳴りました。

久々の感覚、そしてそれまでの作業で疲労していた疲れが吹っ飛びました。

この「康徳」とは旧満州国の元号で、帝政に移行した1934年3月1日から、満洲国が崩壊した1945年8月18日まで使用されてたんです。

「康徳5年」だと1938年頃でしょうか。日本でいう昭和13年か14年ごろ。

あの満州事変から7年くらい経過してます。

そんな日本と中国との武力紛争があった中で、このクオリティ。

目の前に等身大の鏡があったんですが、私の唇が緊張でカサカサになってます。

 

大奮発での買取

奥様にこの話をすると、

「私の祖父、実は満州時代、満州銀行の頭取だったんです」

とのこと。

「へえ、これはまた数奇な出会いです」と、私。

ちなみに、満州銀行は、国家資金の保管・管理、及び金融市場のコントロール、さらには満州国内の金融システムを統一してたらしいです。

なんで知ってるかって?
私の古い友人で詳しいやつがいたんです。

そんな訳で、先程のお椀達よりははるかに高価なお値段で買い取らせて頂きました。

しかもかなり奮発の買取で。

お支払いを済ませて、荷物を車に積み込むときに

「これ持って行って」

オロナミンCを両手で抱えながら奥様が小走りでこっちに向かってます。

それを見て私も笑顔。

 

夏の空から秋の様相に変わりつつある夕方を、オロナミンCを飲みながら走りました。
これから、店に帰って品物の整理が待ってます。

余丁町のS様、有難う御座いました。

倉庫整理中に出会った「小松均」の作品|中央区日本橋で木版画の買取

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日々のこなさなければいけない業務の数々。

なんとなく忙しかった私は、ちょっと気分の転換が必要だと感じてました。

ある脳科学者が

「場所と雰囲気を変えることにより、新しい発想が芽生え、すべての仕事にプラスの作用をもたらす」

そんなことを小耳にはさんだとことがあります。

 

中央区日本橋に倉庫の整理・片付け

中央区日本橋

気分を転換するには、いつもと違う街並みに身を置くのもしかり。今日のお客様からの出張依頼の場所は東京のど真ん中。

わたしの気分を盛り上げてくれるには、うってつけの場所です。

この町はすれ違う人も、そして車も気品を感じるというか。私が住んでる町とは、一味ちあう風情を感じるこの場所は、好きな街のひとつです。

お伺いしたのは、中央区日本橋。

自宅を売却されるにあたり、敷地内にある倉庫を整理して欲しいという依頼です。

 

倉庫内で小松均の作品との出会い

そして私は薄暗い倉庫の中で、まだ初秋の暑さの残る中、額に汗をつたわせつつ、一人、品物整理です。

そこで今日はこんな”大和撫子”との出会いがありました。

暗い倉庫内の、ずいぶん昔に組まれたと思われる木製の棚の上に額がひとつ。

小松均の版画です。

私の記憶が確かなら3年前の丁度今頃、小松均作の別の版画を新宿の神楽坂で出会った記憶が蘇りました。

あれから3年、久々の出会いでのちょっとした興奮により、さらに額からの汗が滴り、いったん倉庫から出て、少し大きめの深呼吸。

人が滅多に入らない暗い倉庫の奥のでじっと待ってたんですね。

初秋の澄んだ陽の目に出会うのを。

 

小松均の版画

この子も、この世に生まれ、かなりの年月が経ってると思います。

小松均と言えば、別名「仙境の画人」と言われるほどの人物。

京都近郊の大原に住み、大原の風景を題材にした作品を多数残してますが、最終的には「文部大臣賞」を受賞するなど数々の功績を残してます。

「写実を尽くして写実を捨てろ、しぜんを追求して自然を離れろ」

この思いを胸に、墨線による表現を模索し力強い独自の作風を確立していったのが特徴なんです。

小松により、命を吹き込まれたこの版画の女性は、久しぶりにこの世を見てどんな気持ちでしょう。

 

思い切った査定

倉庫の整理も終わり、依頼を頂いた奥様とお茶を飲みながら小休憩。それとなく、私が一番気になっていた版画の話をすると

「持って行って下さい。早めに色々な整理をなくちゃならないの」

売却が決まり、その後の解体などの予定が、間もなく迫ってるとのことでした。

私も大分奮発させて頂き、引き取らせて頂きましたが、後から「ちょっと頑張りすぎたかな」と少しだけ後悔。

しかし奥様は満面の笑み。

仕事を多くこなしてればこんなことは良くある、と自分を慰めて(笑)

 

良く晴れた夕空に、風で流れる大きな雲がひとつ。

そいうえば、8月の雲は遠目に積乱雲とわかる渦を巻いたような雲が多かったんですが。

もう終わるんですね、夏が。

四季の移り変わりが年々早く感じる今日このごろ。

日々の業務ですこしだけ刺激が欲しかった私は、この日本橋の1コマで普段の私に戻れた気がします。

 

木版画などの引き取りはお任せください

今回のような小松均などの作品はコレクターの中でも今も根強い人気を保っております。

買入れ本舗では、東京都内近郊での、著名な作者の作品の買取に力を入れております。

初秋に出会った「ヒロ・ヤマガタ」|杉並区南阿佐ヶ谷にてリトグラフの買取

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「この額に入っている立派な山は?」

広く、良く整理された玄関に掛けられた大きさ10号くらいの額に、晴天に彩られた雄大な山の写真に思わず目を奪われました。

「福島の会津磐梯山なんですよ」

遠い記憶の引き出しから、若いころ友人と一緒に登った記憶がフラッシュバックで蘇りました。あまり良い記憶でなく、足を引きずりながら登ったあの頃(笑)

「亡くなった主人の実家が、福島なんです」

 

杉並区南阿佐ヶ谷でのご依頼

杉並区南阿佐ヶ谷

今日は、9月に入ってすぐお電話を頂いた、南阿佐ヶ谷にお住いのS様宅にお邪魔しました。地下鉄丸ノ内線の「南阿佐ヶ谷駅」から程なくにある閑静な住宅地です。

恐らく築30年は過ぎているであろう立派な木造住宅。

庭にはお手入れが行き届いた植栽が、元気に葉を広げてました。
紅葉前の紅葉かなんかでしょうか。

私の好きなロケーションのひとつです。

随分と長く付き合っている我が愛車を停めて、ドアから降りると石垣の塀にトンボが2匹。
そういえば、ここ最近は夏の暑さから、秋の雰囲気に様変わりした気がします。

時間が経つのは早いものです。

 

インターフォン越しに奥様の声。

落ち着いた、それでいて愛嬌のある声に誘われて、ご自宅へご案内頂きました。

「どうぞお上がりになって。」

中は現代の叡智を駆使した、バリアフリーが行き届いてます。花柄のスリッパに替えると、テーブルの上には一杯の冷たい緑茶が私が待っててくれました。

有りがたい事です。

 

ヒロ・ヤマガタとの出会い

ヒロ・ヤマガタ

アンティークの箪笥は丁重にお断り致しました。着物はタンス一棹から、大島、単衣など、約10着ほど、頂きました。

そして、床の間には古い額に入ってある絵がふたつほど、ひっそりとこちらを見てました。亡くなった旦那さまが、まだ働き盛りのころ、美術好きの友人から購入して大切にしてた物だそうです。

「お父さんの趣味のものだったんだけど、特に場所も取らないんでそのままにしてたんです」

最近ではそんなに売れる物では無いと思ってたそうです。

然し、よく見るとひとつは「ヒロ・ヤマガタ」のリトグラフでした。

ヒロのシルクスクリーン技法を用いた、鮮やかな色で描かれた色合いの絵が、異国にでもいったかのような錯覚を覚えさせます。

日本ではこのような、カラフルな色使いの版画があまりにも有名なんですけど、世界のヒロヤマガタとしては、レーザーやホログラムを使った作品の方が評価が高いんです。

「この絵を見て、お父さんいろんな場所に行きたがってたんです」

旦那様は、生前、足が少し不自由だったそうでどこに行くにも制限があったとのこと。昔TBSかなんかで放送されてた「世界遺産」という番組や、その他旅行関連のテレビが好きだったんだそうです。

 

奮発して、私なりの高額査定

ちなみにこの「ヒロ・ヤマガタ」の作品、一時かなり高価で取引されました。誰でも欲しがりました。

値段によっては、この思い出の詰まった絵を手放しても良いというお話。

先ほど見た会津磐梯山の広大なカットを思いながら、私も目いっぱい、心を広く、奮発してみました。

帰り際の玄関前で奥様の柔和な笑顔、そして「ちょっと雰囲気の飲まれたかな(笑)」という私の心に一抹の不安。

何故か今日、ここで出会ったヒロ・ヤマガタは何を意味してるんでしょうか?もしかするとたまには仕事を休んで、思い切って旅行でも行ってみたら、なんておてんとさんが言ってるのかもしれません。

すぐにはいけなかもしれないので、今日は行きつけの銭湯でも行って富士山でも眺めて一息つこうと思います。

 

そんな初秋の1日でした。

コンタックス製のカメラとの思わぬ出会い|新宿区中井でカメラ・レンズの買取

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「はあ~、お若くお見受けします」

本日、昨年に新設された「山の日」にお伺いさせて頂いた、新宿区中井にお住いのJ様。

昭和23年のお生まれとのこと。
その肌ツヤは70歳とは思えないくらい、健康そのもの。

わたくしの直感で、恐らくご主人様お一人でお暮らしのご様子です。

 

新宿区中井で生前整理のご依頼

西武新宿線・中井駅

ここ数年で、身内の方、またご友人の方が天国に旅立つ姿を見て、そろそろご自身の身の回りの整理を始めたいと事で、この度お伺いさせて頂くことに。

いわゆる「生前整理」とでも言うんでしょうか。

今回は、ご主人さまの趣味として昔読まれていた古い本の整理をして欲しいというご相談です。

 

古い歴史書や小説など古本の整理からスタート

まずは2階の書斎にご案内頂くと、大分年期の感じる本棚に古い本がぎっしりと詰まっておりました。

好きで見ていたという小説から、カバーがかなり擦り切れている歴史叢書や宗教・哲学書までかなりのボリューム。

正直、私の期待していた古い絵葉書、古い映画パンフ、古い車のパンフレット、紙ものや刷り物はなさそうですが、汗をかきかき、正しく整理のお手伝いをさせて頂きました。

すると、「あんた、カメラも分かるのか?」

との掛け声が。

 

思わぬコンタックス製カメラとの出会い

コンタックス製カメラ

「ちょっと見てみるか」

そんな訳で、リビングにご案内頂くと、威厳の感じられる木製のテーブルの上にクラシカルなカメラが3台。拝見させて頂くと、見慣れたロゴが記載しております。

「CONTAX(コンタックス)」

「Gシリーズ」と言われているタイプを筆頭に「G1」「T2」「T3」と並んでました。
私の好きなアイテムの一つ。

コンタックスGシリーズは、たしか京セラが1994年に最初のモデルを発売したと記憶してます。

2005年まで販売されて交換レンズを主として周辺機器によりシステムを構成するので、ファンの間でも相変わらず根強い人気を誇ってます。

 

ピオゴン・ゾナーなどの付け替えレンズも

ピオゴン・ゾナーなどの付け替えレンズ

「ついでにこのレンズもあるんよ」

そして、カメラボディのその横にはしっかりとメンテナンスをされているであろうレンズが並んでおりました。

ご主人様は交換レンズとして

  • BIOGON(ビオゴン)
  • PLANAR(プラナー)
  • SONNAR(ゾナー)

を愛用されていたそうです。

ビオゴンは広角レンズになり、プラナー・ゾナーは集点レンズ。このレンズを使いこなして、ご主人の好きな自然の風景を何枚も撮影されたんだとか。

正直私も、これだけ綺麗な状態なものを引き取ってよいものかと思ってしまうくらいです。

 

古本の処分とカメラ・レンズをまとめて引き取り

「これ、いいんですか?」

「ええんよ。あんたカメラも詳しそうだし。あと早めに整理したいしさ」

古本の整理が余程気に入ったご様子で、今回はこのカメラとレンズも引き取らせて頂くことに。

私の買取金額も、必然的に奮発する形となりました。

一連の作業が終わった後、リビングでご丁寧にお茶を出して頂き、ご主人さまの写真の話を拝聴させて頂きました。

帰り支度を整え、玄関までお出迎え頂いたとき、真っ赤に染まった夕焼けが辺り一面を赤に染めてました。そんな紺碧の空を、ご主人が見つめていたのが印象的でした。

J様、この度は有難うございました。

買入れ本舗では、古い物、古美術品の買取をさせて頂きながら、皆様の身の回りの整理のお手伝いもして居ります。

文京区大塚の買取。13代柿右衛門の酒器セット

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文京区大塚の買取

「失礼ですけど、戦後ですよね?」

「そう。ギリギリねっ」

勇気を出して尋ねてみました。今日のお客様、文京区大塚にお住いのA様。恐らく、お一人暮らしのご様子。                                                                                                                                                                           昭和20年11月のお生まれだそうです。まさしくギリギリの戦後生まれの方でした。

そろそろ、身の回りの整理を始めたいと言う事で、本の整理をして欲しいとの事。                                   美術全集、土門拳の写真集、その他、女性の細腕には荷が重い、昔流行ったハードカバーがかなりの量。正直私も、到底欲しいとは言えそうもない品物達です。正しく整理のお手伝いです。

マンションの10階、女性一人ではかなりしんどい作業です。

私の額に薄っすらと汗が滲み始めた頃、「ついでにこれもお願いします。」

13代柿右衛門の買取

テーブルの上に目をやると見慣れた桐の箱が5つ、6つ。13代柿右衛門の箱書があります。数の多いシリーズですが、私の好きなアイテムです。

13代柿右衛門

13代柿右衛門

13代柿右衛門

13代柿右衛門

ついでに食器棚の中のもいいわよと言われて、オークラのカップソーサー、源右衛門の小鉢、バカラのロックグラスなどを頂く事になりました。

「頂いて行っちゃって、いいんですか?」

「もういいのよ。何となく。早めに整理しようと思って。」

重い本の整理が余程気に入ったご様子で、私の買取金額も、手でさえぎりながら、「そんなにいらないから」との事でした。

帰りの車、本の重さでタイヤが泣いてました。何と無く秋模様の今日の大塚の買取でした。文京区大塚のA様、有難うございました。

買入れ本舗では、古い物、古美術品の買取をさせて頂きながら、皆様の身の回りの整理のお手伝いもして居ります。                                                                                                                                                           どうぞお気軽にお電話下さい。➿0120-5394-55

 

豊島区長崎で【大倉陶園】の買取。【オールド大倉】のプレート

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大倉陶園の瑠璃色プレート

多分、昭和の始めの頃の物だと思います。
当時の段ボール箱に納められていました。
箱に書かれた墨での説明、箱に貼られた、当時の大倉陶園のシール。

オールド大倉

オールド大倉の手書きの説明

シールの下の方、瑠璃の字は読めても、その後の二文字が分かりません。
どなたか読み方を教えて下さればと思います。
多分、分かる方が見れば、シールの内容から、いつ頃作られた物なのかも判断できると思います。

大倉陶園

大倉陶園のシール

食器の買取

「いらない食器が有るんですけど」

実際にお邪魔してみると、本当に不用になったと思われる、普段使いの急須、茶飲みやガラス皿の塊の横の畳の上に、古めいた段ボールの箱が控えめに置かれていました。
「これも要らないんですか?」
「えー、もし宜しければ」
開けると、裏に、OKURAの文字。
それもかなり古いタイプの。
金のシールも綺麗なままで。
所謂、オールド大倉のプレートが出てきました。
使われた形跡は有りません。昔の包装紙もそのままです。

オールド大倉

オールド大倉のマークとシール

お店の前で、私にお声を掛けて下さった、豊島区長崎のN様。
何と無く畳の上の食器たちを早く片付けたいご様子。
「このお皿には、何か連れの物は有りませんでしたか?」
「なぜかそれしか出て来ないのよ」

多分長い年月で、使われながら減って行き、運のよい此のプレートだけが生き残ったみたいです。

お値段にはあまり拘りの無さそうなN様。
私が、「私も要らない物が有るんですが、それも入れて、こんなもんで如何でしょうか?」
「えーっ、本当?」

初めからお代を頂けるとは思って居なかったN様の御様子。
思わぬお小遣いを手にされて本当に喜んで下さいました。

帰り際に、これも持って行ってと手渡されたレジ袋の中に缶ビールが5、6本。私の好きな、エビスでした。ごちそうさまです。

美しい瑠璃色に細い金筋の可愛い6枚のオールド大倉のプレート。
昭和の初めからひっそりと生きながらえて来たこんな品物が私は好きです。
可愛い果物をちょこっと載せてみたい、そんな、今日の昼過ぎ、豊島区の長崎で出会ったオールド大倉の瑠璃色のプレートでした。

丁度今、テレビの画面には、九州での強い地震の報道。
多分明日の朝には多くの被害が明らかになると思います。

見たかったニュースが一つも見れそうに有りません。今夜は。
ご無事をお祈りしながら、おやすみなさい。

文京区小日向での遺品整理、【木の看板】の買取でした。

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文京区小日向の遺品整理

茗荷谷駅から下った文京区小日向の一角。

たまに訪れると、このあたりは道の狭さと、道路工事の多さで結構往生したりします。

やっとの事で、細い坂を登り切り、目の前の信号が赤から青へと変わるのに合わせて首をのばすと、そこはまさしく、春日通りから、播磨坂の桜並木に出られるあの信号でした。

今日、私の車には、木製の古い看板が乗ってるだけです。先程、小日向の今日のお客様、M様から頂いた古い看板です。

父上が亡くなられて遺品を整理した所、本棚の奥から出てきたとの事です。私はおびただしい数の、本の無い木製の本棚が気になりました。

案の定、本はすでに処分された後でした。物との出会いは全て縁のなすものと分かっていても、売却で頂いたという金額をお聞きすると、心が悲しくなります。寂しくなります。折れそうになります。其処に置かれていたであろう物達の姿が浮かべば浮かぶほどそうなります。
私が欲しがるジャンルがかなりあったような気がします。

古本、古書はお任せ下さい

古い本など、お持ちの方、是非、私を呼んで見て下さい。
お値段は間違いなく納得して頂ける自信が有ります。
いらない本の処分は誰にも負けません。

結果、今日、私が頂けたのは、この古い木の看板達でした。

これも私が好きなアイテムです。

津村順天堂の中将湯

津村順天堂の中将湯の看板でした。かなり古い物ですが、この薬が今でも売られている事に驚きました。

もう一つ頂いた看板の薬、安神湯、これも今でも売られてました。

安神湯の看板

安神湯の看板

おそらく100年くらい前の看板ではないかと思います。薬害とか副作用とかが声高く報じられる今でも頑張ってるこんな薬、私は使った事は有りませんが、感服です。

信号を左折すれば帰り道ですが、折からの春の気候に誘われた桜を眺める人たちの群れにひかれて、信号を直進し、3分も有り5分もある、久しぶりの播磨坂の桜を眺めて帰る事にしました。

3月の最後の日、暖かい日差しと、染まりゆく桜と、のどかな人波で、明日への力を頂いたような気分です。

中将湯とか、安神湯とか、結構お世話になった方々がいらっしゃるような、窓から見える、今日の人の波でした。

 

東京港区赤坂の【ブランド食器】の買取、【ノリタケ】の【イナギュレーション】でした。

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東京赤坂の買取

「此処には、昭和59年から住んでるの。私の歳、分かります?」

「いいえ」

「貴方は、何年生まれなの?」

「昭和2●年です。」

「私より全然若いじゃない!私は、1●年なのよ」

すぐに何歳か分かりました。
同じ年生まれの、同業の先輩が居ります。

乃木坂を下りた、赤坂9丁目。歴史の有る瀟洒なマンション、新しい建物が並ぶ静かな道沿いの落ち着いた建物の6階の一室。

こちらにお住いの今日のお客様、S様とのやり取りです。

「私、長年一人でここに住んでいて、そろそろ、身の回りを整理しようと思って…」

最近、良く耳にするお言葉です。

お部屋の中にはイタリアの輸入家具、床には赤の美しい、ペルシャ絨毯。
カップボードには、ヨーロッパのブランド食器。私の好きな物が見えます。

ノリタケのイナギュレーション

古い香水の瓶が何本かと一緒に、テーブルに上に出されていたのがこのノリタケの金彩仕上げの、イナギュレーションシリーズの、コーヒーカップ&ソーサー、プレート類のセットでした。

昭和54年のノリタケ創立75周年に際して企画された、ノリタケの当時の最高の素材、最高の技術で製作された、この世界では名器の一つに数えられるそうです。

当時の豊かな景気、華やかな世相を反映した素晴らしいアイテムの一つだと思います。

全部で30点近く、惜しむらくは、普段使いで使われた何点かに、ところどころ、金彩のはがれが見えるところ、コーヒーポットが見えない事でした。

 

ノリタケのイナギュレーション

ノリタケのイナギュレーションのカップソーサー

物の数が豊かになり、より質の良い物を求められる今、当時ほど、この品に惚れ込む人は少なくなりました。
私の金額提示にもすんなりと話が決まり、素晴らしいガラスのテーブルに出された、ヘレンドのカップに注がれた温かいコーヒーを頂きながらの、世間話です。

又例の、マイナス金利のお話です。
マイナス金利で一喜一憂される方、かなりいらっしゃるようです。

「私の趣味は、新聞に目を通す事なの、毎日。ボケ防止でねっ。」
いえいえ、ちっともぼけては居りません、更にこんなコメント。
「この頃は、カ行の人の話が多いわねー。」

黒●…、清●…、金…、クリ●…、

こんなお名前が可愛いお口から零れます。

「私、ここに住んで、30年は過ぎたけど、今ほど、世の中がつまらない時はないわねー」
「マイナス金利だの、消費税だの、無かった頃が懐かしいわ!」

私もほぼ同感です。私の薄れゆく記憶の中で、当時、金融機関から借り入れをすると、確か年利10%近い金利を払わせられながらも、活発な消費で世の中が今よりははるかに潤っていたような気がします。

そろそろ美味しいコーヒーも終わりに近づきました。

白い壁に、様々な年齢の女性の写真。

その一枚を指さして、「これって、浅丘ルリ子ですか?」

「それはあたしよー!!!、これ全部私なの!」

荷物をまとめる私の背中から嬉しそうな一声。

「貴方は、この辺りに又来るの?来たら、寄って下さい。貴方の欲しい物あげるから。」

ホントですか?赤坂のS様。

是非、また、お邪魔してみたい、港区赤坂9丁目のS様との出会いでした。

豊島区大塚での【治療機の買取】、【スカイツリー】、【富士山】、【東京タワー】との出会い

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今日の主役は、富士山でしょうか?東京タワーでしょうか?スカイツリーでしょうか?

豊島区北大塚のお客様

今日私を呼んで頂いたのは、豊島区北大塚のY様御兄弟。 訪ねて見ると、しょっちゅう私が顔を出す地域、大塚駅の北口から、都電の線路を越えた、信号機のすぐ脇の、築50年はなんなんとする、2階建ての古いお家。 間もなく解体の予定だそうです。 私を迎えて下さいましたのは、多分お兄様と妹様お二人でした。 来月、解体なさるそうです。その後の事はわかりません。ただ、羨ましい限りです。

戦前の、Toushibaの扇風機、Nationalの電気ストーブとか、私の好きなアイテムを気持ちよく譲って頂きました。 気が引けるのは、すぐ近所に私の懇意のリサイクルショップが有った事でした。 そんな関係で私も一生懸命買わせて頂きました。 そこで見つけたのがこの治療機です。

1955年の治療機

1955年の治療機

1955年の治療機

1955年の治療機

押入れの天袋の一番奥の奥で私との出会いを待ってました。

さすがに、今更、役には立たないと思います。 中から出てきた取り説に、1955年の記録が有り、今から60年も前にこのような治療機が存在していた事実にびっくりしました。 古い昭和の本箱、欅の文机、時代箪笥等、次回の引き取りのお約束の最中に一本のお電話。 墨田区は、向島からのお電話でした。 気持ち良く、北大塚のY様のお宅を後にして、春日通りから、浅草通りを経て、向島の、M様宅へ。残念ながら、私の欲しい物には出会えませんでした。 スカイツリーとの出会い そこで何と無く立ち寄ったのが、東京スカイツリーでした。 一人で行ってみました。 多少お腹も空いてました。

時間は午後の4時半頃。

そこで出会ったのが、写真の富士の顔でした。

スカイツリーからの富士山

スカイツリーからの富士山

好きになれそうなスカイツリー

普段の混雑は知りません。

今日はとても空いてました。

地上350メートルへのエレベーターも快適でした。

そこには意外と多くの人たち、矢張り若い二人連れ、中国、韓国、その他の外国の方々。

久しぶりに、何と無く、自由でのんびりの時間を味わいました。

下界の景気とか株価とか、遠い彼方のきな臭い話とか、バスの事故の悲しい思いとかを、 一瞬忘れさせてくれるそんな場所と時間でした。

今日の天気の御蔭でしょうか、遥かな美しい富士、近くの輝く東京タワー、結構好きになれそうな
東京スカイツリーに出会えたそんな一日でした。

スカイツリーからの東京タワー

スカイツリーからの東京タワー

 

目黒区で【珊瑚の指輪】と【翡翠の指輪】を買取りました。

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山手通りから目黒通りを右折、緩やかな上り坂を過ぎながら、環七方向へ向かう道筋には、素敵な外国家具、アンティ-ク家具を売る店が少なく有りません。
台風から流れた熱い雲の下、今日呼ばれたのは、そんな目黒通りに面した、住所は下目黒の、かなり古めかしい、6階建てのビルの3階でした。
コインパーキングに車を預け、素敵なコーヒーショップ、小さなラーメン屋さんの看板を横目に目的のビルへ。
築50年は過ぎているでしょう、やっと3階へたどり着いた私を迎えて下さったのは、まさしくこちらのビルに、青春、人生を捧げたであろうと思われる、髪の毛の真っ赤な、80過ぎの逞しいお母様。
通されたのは建物の2階、鍵の束から中々お目当てのカギが見つかりません。ピンクのTシャツの背中にうっすらと汗がにじんでます。幸い、鍵を預かったとたん、お目当てのカギに出会えました。ドアを開け中のテーブルに腰をおろし、話の本題へ。
30坪くらいのも元お店、以前飲食店の名残が残ってます。
残念ながらアンティ-ク家具は目に入りません。
このような出会いは番度です。
目の前の眼鏡の奥の瞳には生気があふれてます。
長い間、このビルを守り抜いた、気概と自信でしょう。
まだまだやる気十分、この手の方に、最近良く出会います。
道路側のガラスをやっと開け、目黒通りからの、心地よい風の音、車の音を聞きながら、奥様のお話を何と無く心地よく聞いている私の姿が有りました。
然し、残念ながら、本日は、この奥様のご要望にはこたえる事が出来ませんでした。
当方のチラシから私を呼んで下さいましたが、リフォーム、クリーニング等がお望みで、私の出番は有りませんでした。
さびしそうな私を見て、これでも持っていけばと、先程のカギの袋から出して下さったのがこの二つのアクセサリーでした。
「もう使わないのよ」
一応、珊瑚と翡翠の古い指輪でした。
座った時間と、目の前の缶コーヒーで、何と無くお値段の方奮発しました。
暑さだらけの目黒通りを後にして、店に戻って、鑑定致しました。
赤い髪の奥様の勝ちでした。
帰り際、2階のエレベーターの前の、奥様の可愛らしい笑顔が目に残ってます。
もう少し赤が欲しい珊瑚でした。

珊瑚の指輪の買取

珊瑚の指輪の買取

翡翠の方も、残念な結果でした。
御主人の遺品が有るとかで又呼んでくれるとの事でした。
下目黒のお元気なN様、本日は暑い中呼んで頂きましてありがとうございました。