アメリカ・イングラハム社製のダルマ時計との出会い|文京区千石で古い時計の買取回収

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文京区千石にて不用品の整理・片付けの依頼

「これから引越しなんですか?」

「そうなのよ。でね、そんな遠くない場所」

一連の電話のやり取りで伺うことになったH様のお住い。

文京区白石の白山通りから千石一丁目の交差点を右折し、ちょっと入り組んだ道沿いに佇む、おそらく築60年は経過している古い木造のアパートの2階にお邪魔してます。

今週の土・日に引っ越しのご予定で、不用品の処分、そして買えるものは買って欲しいというご依頼。

恐らく60は越えたかどうかの、元気な肌艶のよろしいH様にお出迎え頂きました。

今のお住いから、徒歩5分圏内にある、東洋女子高校付近にあるマンションに移られるんだそうです。

年齢も年齢なので、息子夫婦の配慮で一緒に生活することになったんだとか。

1月の中旬から、なんとか一人で整理しようとお考えだったらしいんですが、女性お一人での作業、当然のことながら苦労の多さはすぐに分かります。


古い家具の搬出や古本の整理・片付け

かなりのボリュームの不用品が有りました。

布団、衣類、アルバム類に古い家具。

また、本棚にはびっしりと本が詰まっている状態だったんで、重い本を箱に詰めるのが結構しんどいんはずです、特に女性には。

 

3時間ぐらいの作業でした。

 

2月のこの寒い時期に私のシャツは汗で肌に張り付いてます。
額から落ちる汗をなんどか持参したタオルで拭く始末。

本来なら、幾らかの手間賃を頂かなければならないケースかも知れないことを、喉元でグッと堪えながら(笑)

そして荷物を積み終え、「あの話」をしなくてはいけません。


イングラハム製のダルマ時計との出会い

作業の終盤に差し掛かったタイミングの時の話。

とある1室の押し入れから出てきた「ある物」との出会いです。

それは

イングラハム製のダルマ時計のこと。

アメリカ・イングラハム社製のダルマ時計

恐らく大正・昭和前期頃に製造されたものだと思います。

ダルマ時計とは振り子時計の事を意味するんです。
ガリレオ・ガリレイが発見した振り子の等時性を応用して作られた時計。

ダルマ時計の振り子

そして今回のイングラハムは家具職人としてスタートしたエリアス・イングラハムが会社を設立し、バラエティーに富んだ時計を世に広め人気を博したんです。

イングラハム社製

そしてこのような時計の場合って、「状態」が最重要視されるんです。

例えば、

  • 汚れ
  • ホコリ
  • 欠け
  • 割れ
  • ヤニ

など。

古時計の査定でこういった状態が少しでも見つかれば、確実にマイナス評価なんですが、そちらも最小限にとどまり、なかなか悪くないコンディション。

そんな出会いが先ほどあったんです。


お父様の遺品を独自の査定で買取

そこで、額の汗に手をやりながら、それとなく

「これってどうします?」

と、聞かせてい頂くと、

「これね、私の父ちゃんのやつなんです」

数年前に亡くなられた、父上の遺品だそうです。

動いていませんが、買えば結構な品物だと思います。それなりに頑張り、本日私が支払い可能な金額を申し上げました。

すると、私の一連の片付けの作業を気に入ってくださったようで、あんたなら持ってってもいいよ、なんて粋な言葉を頂戴しました。


帰り際にしばしの休憩

作業も終え、帰り支度をしていると、

「ちょっと、お茶でも飲んでいきな」

とこれまた粋な計らい。

葛飾柴又で購入された、とらやの芋羊羹と温かい緑茶を飲みながらしばしの一服。

話を伺ってると、お父様が亡くなった後、介護疲れと心労でちょっとお身体の調子が悪くなったんだとか。それを心配した息子夫婦の気遣いだったんだそうです、今回の引っ越しは。

奥様の御健勝、御長寿、ご家族様のご健闘お祈りいたします。

ダルマ時計、大切にさせて頂きます。
有難う御座いました。

遺品整理中に出会ったヤマハ製のトランペット【ゼノ】|豊島区要町にて楽器の買取

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「おたくのチラシが、一番信頼出来そうで」

玄関先には幾多のチラシが積み上がり、その一番上に当店のチラシ。

手に取って確認すると、去年の秋ごろに配布したものでした。

私どものチラシだけ、
ビニールか何かに入ってます。

そうして呼んで頂いた豊島区要町のF様。

要町二丁目の交差点を左に曲がり、細い路地の行き当たり、築40年以上は経っていると思われる雰囲気のある木造一戸建てのお住い。

70歳になる、旦那様と二人暮らしの奥様がお出迎え頂きました。

この方、とても可愛らしい奥様で、小柄な体を黒いワンピースで包み、女優の八千草薫に雰囲気が似てると言ったらよいんでしょうか。


亡くなった息子様の遺品整理

息子の部屋を整理したいんです

いつ帰ってきてもいいように、大学生の時のままの状態でお部屋を維持していたそのお部屋。

その息子様が、去年、不治の病に斃れてしまったんだそうです。

思い出に浸りつつ、でも前を向かなければいけない、そんな気持ちの葛藤に整理がついたのが年明けすぐだったと、奥様。

息子様の部屋の物すべてを整理なさりたいとの事。

その明るそうな笑みから発せられるお言葉に、正直返す言葉が有りませんでした。

そのような中で、今回私を呼んで下さったのは何かのご縁としか言いようがありませんが、白そんなに簡単な仕事ではありません。

私の長年の経験と、現状からの判断で。

おそらく、長い時間を掛けた後の決断で呼ばれた以上、何とか力になりたいのは山々です。

そのような状況で、まずはいつまでに息子様の整理したいのかなどを、ゆっくり時間をかけて伺わせて頂きました。

2月の2週目には落ち着かせたい、そう奥様がおっしゃりました。


ヤマハ製のトランペット【ゼノ】の買取

トランペットの口部分

そんな中、奥様がおもむろに取り出したのが、
本日買い取って帰って来た

ヤマハのトランペット・ゼノ

部屋の整理をする前に、大切に取っておいたトランペットは、しっかりと私に話を聞いてもらってからお預けしたいとのこと。

私が呼ばれたのは、おそらく奥様が息子様のお話をすることで、少しでも前に進みたいという気持ちからでしょう。

お茶を飲みながら、話を伺わせて頂きました。

奥様から伺った、息子様の思い出話。
私にも丁度、同じ年代の息子がいます。

私も恥ずかしながら、頬に熱いものがつたってしまいました。


査定のポイント

ゼノシリーズのラベル

このゼノシリーズはヤマハでも根強い人気を誇るもの。

ベルの刻印部分から先端部にかけての「首」の部分が太い独自のベル形状を採用してるのが特徴なんです。

細かな部分に至るまで形状や素材にこだわって最良なバランスとなるよう設計が、リサイクル市場でもニーズが高い一品。

私もおもむろにトランペットの動きがスムーズに動くか、
音がきちんと出るかをチェックさせて頂きました。

マウスピース部分はもちろん、ピストン部分はスムーズに動くかなど、細かな所をチェック。

奥様がときおり油を差していたそうでコンディションは上々です。

取り扱い説明書、証明書も残っており、且つ、付属品も揃っている状態でした。


ご納得頂いての引き取り

少し重くなりつつあった空気を打破し、査定の金額をお伝えすると、

「ええ、お願いします」

と一言。

後日談ですが、私が来る前からある程度お願いすると決めていたんだそうです。

 

そして、次の訪問日を決めて、帰ってまいりました。

この続き、心を込めて作業するつもりです。

F様が少しでも新たなお気持ちになるよう、全力を尽くしますから。

その日まで少々お待ちください。

不用品の整理中に出会った今右衛門・柿右衛門の皿|新宿区牛込神楽坂にて陶器の買取

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新目白通りを直進して、江戸川橋の交差点を右折、そのまま真っすぐ牛込天神町の交差点まで走り、小細い道をつたった古い木造の一軒家。

なんとなく、昭和の雰囲気が漂う庭を通り、インターフォンをプッシュ。
お出迎え頂いたのは、もしかすると私と同級生かなと思われる素敵な奥様でした。

「あの、失礼ですけどお生まれはいつ頃ですか?」

失礼も承知で勇気を出して尋ねてみました。

今回のお客様、新宿区牛込神楽坂にお住いのS様。昭和19年7月のお生まれだそうです。

私のカンだと、恐らくお一人暮らしのご様子とお見受けします。

年齢も73歳になり、なんとなく身の回りの整理を始めたいと言う事で、部屋の整理をして欲しいとの事。


古い本と半地下の倉庫の整理

10年前に亡くなられた5歳年上の旦那様が、所有されていた

  • 古典文学全集
  • バース著作集
  • 加藤周一著作集

など、その他にも本棚にびっしりと詰まった本の整理からのスタート。

この手の本は、正直私も、到底欲しいとは言えそうもない品物達ですが・・。
そのほか、半地下の倉庫も整理させて頂きました。

丁寧に正しく整理のお手伝いです。


今右衛門と柿右衛門との出会い

都内の最高気温が9℃という中、私の額に薄っすらと汗が滲み始めた頃、
奥様から「ついでにこれもお願いします。」との声が。

テーブルの上に目をやると見慣れた桐の箱が2つ。今右衛門と柿右衛門の箱書があります。数の多いシリーズなんですが、私の好きなアイテムの一つ。

今右衛門

今右衛門の銅箱

今右衛門の皿

柿右衛門

柿右衛門の銅箱

柿右衛門の皿

ちなみに陶器は日々の手入れやメンテナンスが不可欠なんですけど、どちらも汚れ、ヒビ、キズ、デザインの擦れ、欠けもほとんどなく良好な状態でした。

ついでに他の食器類もお願いと言われて、
ロイヤルコペンハーゲンやノリタケの皿やカップなどを頂く事に。


奮発して買取り

トントン拍子に話が進むとき、一番に思い浮かぶのが、お引き取りさせて頂いた後にやっぱり返してほしいなんてことがあるんです。

私も念押しで

「ホントにいいんですか?」

と何度か確認させて頂いたんですが

「もういいんです。それに早く終わらせたくて」

本の整理、そして倉庫の整理を気に入ってくれたご様子。

今回は私の中で大分奮発した形での買取金額になったんですが、奥様も最初は「いいのよ気持ちだけで」と控えめの様子だったんですが、半ば強引に受け取って頂きました。

帰りの車は、引き取った本や不用品の重量で車のフットワークが重いの感じながら千川へ。

2018年最初の新宿での買取回収でした。
S様、今回はお呼び下さり有難うございました。

買入れ本舗では、古い物、古美術品の買取をさせて頂きながら、皆様の身の回りの整理のお手伝いもしております。

ブロンズ(青銅)で作られた個人の胸像を引き取り|中央区日本橋にて銅像の買取

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内堀通りから大手門の交差点を右折、混雑する永代通りをゆっくり進み、八重洲一丁目を左折したなんとなく昭和の趣のある場所。

 

今日は日本橋に来てます。

 

この東京の真ん中に来るといつも悩むのが、車両をどこに駐車できるかという事。

最初の関門なんです。

コインパーキングを探しながら、町全体を眺めれば眺めるほど、
なんとなく街が輝いてる感じです。

私どもが拠点にしてる、豊島区より1.5倍は高いだろうと思われるパーキングに泣く泣く車を置いて、徒歩で歩くこと3分くらいでしょうか。

立派なガレージから覗く、車の顔は殆どが外国製と思われ、人の手がコンスタントに行き届いてるであろう、和風庭園風のお庭を潜り抜け、一軒のお宅にお邪魔いたしました。

これは日本橋だからなんでしょうか、
玄関のドアが開いた瞬間から、全てが輝いてる感じを受けました。

丁度この時間帯は西日が非常に眩しい時間帯というのも影響したんでしょうか。

昔マルコポーロが

 

「黄金の国ジパング」

 

と形容した表現がぴったりな、そんなお住いにご案内頂いたのは、
これまた輝きのある奥様です。


無名作家の彫刻品の数々

そんな奥様に案内して頂いたのが、彫刻品の山。
また、玄関には無造作に置かれた大小の作品達。

亡くなったお父様が、その当時無名の現代作家の作品を収集するのが趣味だったそうです。

しかし、大成した作家の物があれば言う事無しなんですけど、この手の作品の買取査定の場合、お値段の提示に非常に苦労するんです。

査定中に気を利かせた奥様に出して頂いた温かい緑茶を飲んでも中々、
喉の渇きがとれません。

わたしも申し上げずらかったんですが、今回のものはちょっと査定が難しい旨をお伝えしたんですが、このわたしに何とかしてほしいとの一点張り。


ブロンズで作られた個人の胸像との出会い

ブロンズ(青銅)で作られた個人の胸像

そんな中、奥様に2階へご案内頂き

「これはどうなんでしょうか」

と出して頂いたのが写真の胸像です。

恐らく個人の方の銅像でしょうか。

よくよく話を聞いてみると、お父様は某企業の創業者だったんだそうです。たくさんの方に見ていただく機会のある大切な胸像という事でメンテナンスもしっかりされてる模様です。


私なりに奮発した査定

先ほどの作者不明の彫刻品と違って、制作に大変な技術とコストのかかるブロンズ像は、無名作家であってもある程度の査定が出来る美術品なんです。

日本人の誰もが知る東大寺の

「奈良の大仏」や、

エジプトカイロ博物館に収蔵されている

「第6王朝ペピ1世の像」

も、ブロンズ像の一種ですよね。

日本のみならず世界の歴史とも大きく影響する美術品カテゴリに入るので、先ほどの作品達とは評価が雲泥の差。

この銅像のほかにも、数点の銅製品が何点か有ります。

お値段の方も、前述した査定対象にならない品々と合わせて何とか折り合いを付けさせて頂きました。

ほかにも持って行ってもらいたいという物達、時間の許す限り沢山拝見いたしました。が、今回はこれだけにして頂きました。

申し訳ありませんでした。


ブロンズ像など美術品の買取りは強化中

今日は、この凛々しい顔の銅像に睨まれながら、日本橋を後にすることに致しました。

日本橋の、とても素敵な奥様、
本日は有難う御座いました。

買入本舗では、今回のようなブロンズ像などの買取実績も豊富です。
お気軽にお電話くださればと思います。

蓮華座が無い観音菩薩の仏像との出会い|世田谷区代沢にて仏教美術品の買取

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中野通りを直進し、神田川を渡り、東北沢の三角橋交差点を右折。
京王井の頭線に掛かるこの四角い地域。

 

本日は世田谷区代沢に来てます。

 

私の中で何と無くどんな方たちが住んでるのやらと言うのがあります。

ちょっと高貴なイメージがある土地かと思ってたんですが、実際に車を走らせて様子を見ると、非常に穏やかで、都心の喧騒とは違う落ち着きを感じます。

中には、「淡島」なんて場所もあったりして。

淡島って静岡県沼津市にある島なんですけど、
もしかすると何らかのルーツがあるのかもしれませんね。


解体予定の一軒家にて不用品の処分

本日のお客様は、その四角い地域に有る、「淡島阿川公園」からすぐ近く、代沢にお住まいのT様でした。

これからお住いの一軒家を解体されるご予定なんだそうです。

荷物の整理の真っ最中で、不用品を詰め込んだ段ボール箱をなるべく早めに処分したくて私にお声を掛けられたそうです。

 

「口コミと、なんとなく安心できそうで」

 

そんな嬉しい一言も添えて頂き、俄然やる気な私。
作業に入る前に、T様がティータイムをご用意下さってました。

そこでちょっとした世間話に花が咲き、長年、旦那様と自営業を営んでらっしゃるとのこと。米の卸問屋だったとのこと。

時代の流れで数年前に店の営業に一旦区切りをつけて、今後は悠々自適に過ごすために現在のご自宅を手放すそうです。

その後、さっそく1階、2階と拝見させて頂き、
不用になった品物の品定めに入りました。

いくらなんでもここまで来て、空の段ボールだけを車に積んで帰るわけにもいかず

「私を呼んだ訳はまさか段ボールだけとか‥」

そんな一抹の不安もありましたが、

出てきたのは九谷の大鉢、大皿、絵皿等。この手の物、一時に比べて欲しがる人が少なくなりました。

最近の私も、ちょっと買い渋ることもしばしば。

目配せしながらお部屋の中に見える、アンティーク調の時代箪笥、また檜で作られたと思われるチェストに小箪笥。

残念ながら、こちらはまだ手放すつもりは有りませんとの事。


観音菩薩との出会い

観音菩薩の仏像

そして、少し焦りを感じつつ淡々と作業する私の眼前に出て来たのがずっしりとした風呂敷包み。

中から現れたのは、唐金の仏像のようです。
おそらく観音菩薩と思われます。

というのもバラバラの状態で風呂敷に収まってました。

仏像には4つの種類があるんですが

  • 如来(にょらい)
  • 菩薩(ぼさつ)
  • 明王(みょうおう)
  • 天部(てんぶ)

修行中の身で、いずれ如来になるべき身であり、衆生を救うべく励んでいるのが菩薩なんです。

こちらは仏教開祖のお釈迦様が出家する前の姿と言うことで、アクセサリーを着けてます。また、表情は菩薩顔、と言われるように穏やかな表情。

裳というスカート状の物を下半身に巻き付けており、
天衣という羽衣状の物を巻いてます。

組み立て様子を見たところ、光背はあるんですが肝心の台座が無い状態になってました。
恐らく私の見立てでは台座は「蓮華座」と思われます。


私なりの奮発した査定

この「はだしの観音様」、もし折り合いがつけば、私が一緒に連れて返ってもかまわないとの事。

そして私たちの仕事で一番大事で難しいのがお値段。欲しい人にはお宝でも、逆の人には、無用の長物。

今回の観音様もまさしくそのようなアイテム。
一筋の希望と、見えないリスクを胸に、T様に、お値段の提示させて頂きました。

 

「いいですよ、それで」

 

T様は何の未練もないとの事で、お値段はすぐにまとまりました。

私のはかない夢と希望と隣り合わせのリスクを載せて、観音様を連れて帰る事になりました。そして無数の段ボールの山と一緒に。

車中のかな、ちょっとだけ買取のお値段に後悔の念が、
じわっと沸き上がりましたが、グッと感情を堪えて、深呼吸。

恐らくこの「はだしの観音様」が、この一連のストーリをハッピーエンドにしてくれると期待して・・。

途中、無性にコーヒーが飲みたくなりコンビニエンスへ。
最近はこの手のコーヒーもやたら旨くなったなと思います。

体を温めつつ、心も温めつつ。

寒空の中を、一路、地元の千川へ。

満州時代の銀製花瓶の引き取り|新宿区余丁町にて銀製品の買取

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「銀製の花瓶が有るんだけど」

うちのチラシを見た、女性お客様からの連絡でした。

ちょっと前にチラシの構成を少し変えたんで、その効果かなと「してやったり」の気持ち(笑)

こういうアイテムのお問い合わせの時は、私の愛車のアクセル踏み込みにも俄然力が入ります。
スピードを出しすぎないように、はやる気持ちを抑えつつ。

 

新宿区余丁町の古いご自宅での買取

場所は、新宿区余丁町。

たしか都営大江戸線「若松河田駅」付近だと記憶してます。

この辺りは、過去にも私の好むアイテムをゲットした場所でもあるので、自然と期待が高まります。

今回は、ご自宅の建て替えで、家の中の整理中の60代の奥様からのお電話でした。

非常にゆるやかなテンポでお話になられる奥様で、
昔付き合ってた友人になんとなく似ていて懐かしい気持ちになっちゃいました。

愛車のカーナビが示す付近に到着すると、軽く築40年以上は経過している思われる「昭和の雰囲気漂う」木造一戸建てのご自宅です。

気を引き締めていざ入口へ。

 

満州時代の純銀の花瓶との出会い

銀製花瓶の銅箱

既に玄関口に、お椀、お盆、お重、コーヒーカップ、グラスの入った箱が山積みになってました。

この手合い、相当の数が無いと、中々ご希望の金額を払えない場合が多いんです。

心の中で

「あらら、ちょっと思ってたよりも・・・」

少しネガティブな気持ちになりかけるも、気持ちを盛り返して、淡々と作業する私。

いわゆる「山」を全部片づけた後、部屋のひっそりと場所にあった押し入れから出てきた品が。

それがこの桐の箱に納められた、純銀の花瓶でした。

花瓶の正面の城はどこのものでしょうか。

満州時代の銀製花瓶

純銀

更に、花瓶を反転させると「康徳5年7月」という年号が記載されてます。

康徳時代の純銀花瓶

見た瞬間、私の鼓動が高鳴りました。

久々の感覚、そしてそれまでの作業で疲労していた疲れが吹っ飛びました。

この「康徳」とは旧満州国の元号で、帝政に移行した1934年3月1日から、満洲国が崩壊した1945年8月18日まで使用されてたんです。

「康徳5年」だと1938年頃でしょうか。日本でいう昭和13年か14年ごろ。

あの満州事変から7年くらい経過してます。

そんな日本と中国との武力紛争があった中で、このクオリティ。

目の前に等身大の鏡があったんですが、私の唇が緊張でカサカサになってます。

 

大奮発での買取

奥様にこの話をすると、

「私の祖父、実は満州時代、満州銀行の頭取だったんです」

とのこと。

「へえ、これはまた数奇な出会いです」と、私。

ちなみに、満州銀行は、国家資金の保管・管理、及び金融市場のコントロール、さらには満州国内の金融システムを統一してたらしいです。

なんで知ってるかって?
私の古い友人で詳しいやつがいたんです。

そんな訳で、先程のお椀達よりははるかに高価なお値段で買い取らせて頂きました。

しかもかなり奮発の買取で。

お支払いを済ませて、荷物を車に積み込むときに

「これ持って行って」

オロナミンCを両手で抱えながら奥様が小走りでこっちに向かってます。

それを見て私も笑顔。

 

夏の空から秋の様相に変わりつつある夕方を、オロナミンCを飲みながら走りました。
これから、店に帰って品物の整理が待ってます。

余丁町のS様、有難う御座いました。

新宿区南元町での陶磁器の買取り。島岡達三の買取り。

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本日は、新宿区の南元町のT様のお宅から、島岡達三の花瓶を買取させて頂きました。

古めの箱に納められた、縄文象嵌の達三の作品でした。

「今日中に来れますか?」

どうしても今日中に片付けたい品物が有り、ガラクタかも知れないけれどという、何となくハスキーな女性の声に誘われて、四谷三丁目の先、津之守坂入口の信号を右折して、お目当てのT様のお宅へ。

お住いの売却の関係で急ぎの事情が発生したとのことでした。

私が着いたのは、夕方の5時ころ、狭い階段のお二階の薄暗い部屋に一塊のお荷物の山。

ガラクタなんて言うのはとんでもないお話で、古い桐箱に納められた花瓶がいくつか。

傷みは激しいものの、和本の山。

やはり痛んでいるものの、古いバッグたち。

その中の一つがこの花瓶でした。

島岡達三 縄文象嵌花瓶

島岡達三 縄文象嵌花瓶

T様は、荷物が無くなればよしとの事でしたが、思わぬお小遣いを手にして、夕闇の中で気持ち良く送って頂きました。

島岡達三の作品は多くの陶磁器の中でも根強い人気を保っております。

買入れ本舗では、東京都内近郊での、島岡達三をはじめとする、有名陶芸家の作品の買取に力を入れております。

 

 

文京区大塚の買取。13代柿右衛門の酒器セット

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文京区大塚の買取

「失礼ですけど、戦後ですよね?」

「そう。ギリギリねっ」

勇気を出して尋ねてみました。今日のお客様、文京区大塚にお住いのA様。恐らく、お一人暮らしのご様子。                                                                                                                                                                           昭和20年11月のお生まれだそうです。まさしくギリギリの戦後生まれの方でした。

そろそろ、身の回りの整理を始めたいと言う事で、本の整理をして欲しいとの事。                                   美術全集、土門拳の写真集、その他、女性の細腕には荷が重い、昔流行ったハードカバーがかなりの量。正直私も、到底欲しいとは言えそうもない品物達です。正しく整理のお手伝いです。

マンションの10階、女性一人ではかなりしんどい作業です。

私の額に薄っすらと汗が滲み始めた頃、「ついでにこれもお願いします。」

13代柿右衛門の買取

テーブルの上に目をやると見慣れた桐の箱が5つ、6つ。13代柿右衛門の箱書があります。数の多いシリーズですが、私の好きなアイテムです。

13代柿右衛門

13代柿右衛門

13代柿右衛門

13代柿右衛門

ついでに食器棚の中のもいいわよと言われて、オークラのカップソーサー、源右衛門の小鉢、バカラのロックグラスなどを頂く事になりました。

「頂いて行っちゃって、いいんですか?」

「もういいのよ。何となく。早めに整理しようと思って。」

重い本の整理が余程気に入ったご様子で、私の買取金額も、手でさえぎりながら、「そんなにいらないから」との事でした。

帰りの車、本の重さでタイヤが泣いてました。何と無く秋模様の今日の大塚の買取でした。文京区大塚のA様、有難うございました。

買入れ本舗では、古い物、古美術品の買取をさせて頂きながら、皆様の身の回りの整理のお手伝いもして居ります。                                                                                                                                                           どうぞお気軽にお電話下さい。➿0120-5394-55

 

練馬区の遺品整理で出会ったアルミケース、ゼロハリバートンとリモワでした。

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この処の暑さのせいでしょうか?
この処、所謂、遺品の整理の場面が増えて居ります。

練馬区の遺品整理

練馬区栄町、西武池袋線、江古田の駅から少し離れた静かな街並みの中の、何処にでもあるような木造アパートの一室。
玄関口、ドアの前に空き地があり、そこに夥しい数の廃品の山。
見ると、まだ使えそうなアルミケースやら、革製のカメラバッグとかが無造作に山積みになってます。
依頼のお電話は「絵画とか骨董品が有るんですけど。」
お電話主の、50歳前後のふくよかな女性が、カバンの山の前で私を出迎えてくださいました。
取り敢えず、
「あのー、絵とか骨董品とかがあると聞いて伺ったんですけど。」
そこで出されたのが、ラッセンのリトグラフと、どうにも評価の難しい、九谷の花瓶が一つ。
丁重にお断りして、事情を伺うと、何となく、身近な人が亡くなって、遺されたものを、整理なさってるとの事。
一通りお話を伺った後、遺された品々を拝見致しました。
こういう場合、先ず、どういう処に頼んだら良いものか、一般の方々は、その知識が殆どありません。
私の処は広告が上手くありません。
声を大にして言いたいと思いました。
ふくよかな顔の、S様の口から溢れる言葉に接して。
表の廃品の山の中に、ギターのケースが見えます。
聴いてみました。
ギターは、どうなさったのか?
ネットで出会った業者に譲ってしまったとの事でした。
ギブソンとマーチンが有ったそうです。
「かなりの金額でしたでしょう?」
「無料でした。」
「えーーっ、それは無いでしょう」
古すぎて、無料ならと言うことで、見知らぬ業者に渡ってしまいました。
私を是非最初に呼んでください。お願いです。
ギターのケース、カメラのケース、釣竿、ゴルフクラブ、古いアンプ、スピーカー、アルミのケース等が今にも捨てられそうに、野積みにされてました。
粗大ゴミで捨てちゃうそうです。
亡くなった方は恐らく、Sさまの兄上の様です。
亡くなられた理由は分かりませんが、かなり、多芸、多趣味の方の様です。
ここに出された物が全て、粗大ゴミ扱いされてしまうのは、生前の兄上に対して余りにも無情です。

S様の了解の元、私は粗大ゴミの山にむしゃぶりつきました。
粗大ゴミでこの世から消え去るであろうもの達をかなり助け出しました。
途中から、近くに居たうちのスタッフY君と猛暑の中、汗だくの2時間でした。
その中から助け出したのが、このゼロハリバートンとリモワのアルミケースでした。

リモワのアルミケース

リモワのアルミケース

かなり古い物でしたが、役目を終わるには早すぎます。
未だ未だ、これから、十分、活躍が出来そうです。
結局、私が帰る頃には、粗大ゴミの山は、半分ほどに減ってました。
お金を払って処分すべき物を半減しさらに私は、幾らかのお代を、S様の両手の上に置いて帰りました。
S様が喜んで下さったのは当然ですが、様々なケースに立ち向かった時、どんな業者に頼むかは非常に重要なポイントです。

当店のモットー

買入れ本舗は自信を持って声を大にしたいと思います。
当店は、広告も上手くなく、大規模企業では有りませんが、今回のS様の様な場合を始め、あらゆる物の処分、買取の場合は、先ず、お声を掛けてください。

必ず満足して頂ける自信があります。

帰り際、S様の笑顔に感謝致しました。

空で出会ったゼロハリバートンとリモワ、消えた中身が気になります。

当店はそんなお店です。

ゴールデンウィーク、文京区本駒込の買取。【純銀】の【ボンボニエール】。

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ゴールデンウィークの買取です。

暦は平日でも車の流れは全くのゴールデンウィークでした。
場所によっては人影が本当にまばらです。
人の姿が目につくのは、ATMの前あたり。

ゴールデンウィークとは縁が疎遠な私は相変わらずの物探しです。

「片づけたい物が有るのでお願いできますか?」
文京区本駒込のH様からのお電話で、私の車は、人影まばらな明治通りから白山通りへ。
案の定、巣鴨の地蔵通りは人であふれてました。
たぶん人出の多いであろう、六義園の脇を過ぎ、お目当ての、とても静かなH様宅へ。
お休みを利用して、実家のお荷物の整理に神奈川県からお見えとのこと。

純銀のボンボニエールの買取。

畳の上に出された古い贈答品の山の中から見つかったのが、このボンボニエールでした。
「こちらも要らないんですか?」

箱は有りませんでした。
銀特有の汚れが有りました。
有るところには有ってもおかしくありませんが、どこにでもある物ではありません。
目の前のH様が手にする物にしては、H様のお顔が少しお若すぎるような気がします。

純銀のボンボニエール

純銀のボンボニエール

「以前母が、お友達から頂いたものなんですが、私はいりません」
お母様が亡くなって、一年が過ぎたそうです。
ご苦労様です。

丁重にいただきました。
ほかに頂いたさまざまな物達のお値段を、これ一つで超えてました。

確か依然、何かの写真で目にした記憶が有ります。

探し当てると、雅子妃のご成婚の記念の御下賜品のおひとつでした。
鴛鴦に菊の紋章の純銀のボンボニエール。
その中の一つが、23年の歳月を経て、なぜか私の手に渡ってきました。

大切に次の方への橋渡しをさせて頂きます。

私のお店は、たまたま、23年前、雅子様のご成婚の日に開店いたしました。

ボンボニエールフランス語: Bonbonnière)は、もともと砂糖菓子(ボンボン菓子)を入れる容器を指す語[1]。「ボンボン入れ」[1]
ヨーロッパでは子供の誕生祝いや結婚祝いなど慶事に際して砂糖菓子が贈られることが多く[2]菓子を納めるボンボニエールにも記念品としての性格が生じた。日本では近代以降、宮中宴会の記念品(引出物)として配布される意匠を凝らした菓子器・工芸品がこの名で呼ばれる[3]

(ウィキぺディアより)